期待値を上げすぎたルーカスフィルムとさらなるサプライズ

「宗教はジェダイです」と迷わず公言する私にとって、いま、まさに書いておかなくてはいけないのが、公開を2日後に控えた“STAR WARS Episode 8”のことである。

7を観て、8も観る人にとっての最大の関心ごとが、「レイは何者なのか」ということであろう。

しかしこの件において、ルーカスフィルムはとにかく、ファンの期待値を上げすぎていると思う。冷静に考えれば、レイのお団子の件とか、機械いじりが得意な件とか、フォースが強い件とかって、もうどう考えてもレイアもしくはルークの娘、というのは揺るがない。お団子はアミダラの、機械いじりはアナキンの特質を、それぞれ受け継いでいることは自明である。

ただ、EP8のラストでルークがレイに“I am your father.”と告白したところで、あるいはレイが“You're my father.”と言ったところで、ファンにとってはこれだけの証拠をちりばめられている以上、「やっぱりな」以上の感想は出てこないのではないか。

生半可な映画ならそれでもよいかもしれない。しかしこれはスター・ウォーズだ。加えて3部作の2作目は、EP5において“I am your father.”という、映画史上最大ともいえるサプライズの行われたタイミングだ。

ここまできて、レイがルーク、もしくはレイアの娘、では、あまりにも期待通り、過ぎるのである。

やはりここは、それ以上のサプライズを以って、このファンの抱える謎に答えてほしいところだ。

(私が期待するサプライズは、レイが「ルークとレイアの娘(いろいろ複雑)」、あるいは「パルパティーンの子孫(かつての敵の血筋が、こんどは正義の側になる胸熱展開)」、もしくは「レイアとジャバ・ザ・ハットの娘(さらに複雑)」というものである)

ただ、結局はやはり、ルークもしくはレイアの娘、という話で落ち着くのかもしれない、とも思う。

というのは、どうも今回の3部作においては、レイの出自以上のサプライズを、制作側が隠しているように思えてならないからだ。

それは、「レイアが、ダークサイドとライトサイドの境を超越する」ということである。「正義か 悪か」というポスターのキャッチコピーや、あるいは予告編のラストで、去就に迷ったレイに対してカイロ・レンが手を差し出す場面からして、EP8のラストでレイがダークサイドの誘惑にはまるのは間違いないだろう。

では、EP9では何が描かれるかというと、シスの暗黒卿になったレイのダーク・ヒーローぶり、ではなく、ダークサイドとライトサイドの境の超越であるはずだ。

アナキンを主人公にした3部作はダークサイドへの転落を、ルークを主人公にした3部作はそこからのアナキンの帰還を、帝国の勃興と転落にのせて語っていた。

では、ダークサイドの権化とライトサイドの体現者――アナキンとルークがそれぞれ、戦いの場から退いた今作で、何が語られるのかといえば、ダークサイドでも、ライトサイドでもない、それらを包含し許容する、より高次のジェダイのあり方なのではないか、という気がする。弁証法が正、反、合というプロセスをたどるのと同じである。

「ルークがグレイ・ジェダイ」という言い方は多くのファンが予想していることでもある。加えて、EP7でカイロ・レンがダース・ヴェイダーのマスクに語った「あなたの始めたことを私が終わらせる」というセリフは、「フォースにバランスをもたらす」というアナキンに寄せられた予言の完遂を指しているのではないか、と思えるのだ。(カイロ・レンは最後にスノークを裏切って”いい奴”になるニオイがぷんぷんする)

当初は善と悪の側に、それぞれくみするかに見えたレイとカイロ・レンが、手を携えて善悪の合一を目指す、それでこそ、この銀河にバランスがもたらされる、という展開は、まさしく善悪で世の中を理解することの限界を迎えたこの時代にぴったりなのではないだろうか。



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