「オメデタは、まだ?」と言われた日
ついに来たか〜。
この言葉を言われる日がくるとは…。
繊細さん(HSP)じゃなくても、
世の中のアラサーと言われる女性は
色々なことに繊細になる時期だと思います。
👇三大恐怖👇
「いい人いないの?」
「オメデタはまだ?」
「二人目は?」
私もエッセイや漫画などで、何度もこのやり取りを見てきました。
そのお話の中の女性は、決まって憂鬱になるのですが……。
私は(そうだよねー、嫌だよね)と思いつつも、やはり他人事のように思っていたのだと、今、自分が言われて知りました。
実際に言われてみると、
めちゃめちゃ、《ドキッ》としました。
一気に憂鬱な気持ちになりました。
こんな気持ちなんですね。
その時は動揺が強かったのですが、落ち着いて考えてみると、やっぱり、傷ついたようでした。
傷ついた時こそチャンス。そこに自分の核がある。
傷つくのは、ツライです。
ツライというのは、自分のサインなんだと思います。
自分にとって、どうでも良かったら傷つくことさえありませんから、多少なりとも(無意識の中に)自分の考えがあるのでしょう。
たぶん、そこに自分の核(本心)があるから傷つくのだろうと思います。
普段、のほほんとした気持ちの時は、深く自分の本心について考えることはありませんから、この機会に、自分の本音を見つめてみようと思います。
よくある悩みなので、一般的なことは書かず、あくまで、私個人の気持ちを掘り下げたいと思います。
モヤモヤを分解してみる。
【言われた回数】
なぜこんなに動揺したのか考えると、このセリフの前に“小さなジャブ”を受けていたことも関係していると気付きました。
お義母さんに、「これも予行練習よ」と言われ、お義姉さんの子どものお世話を手伝ったり、
友だちが「子どもできたら、一緒にバーベキューしよう」と提案してくれたり、
同僚が「ベビーカー使わないのあるんだけど、使う機会ある?」と声を掛けてくれたり、
祖母に「体は大事にね。赤ちゃんの為に」と言われたり。
その一つ一つは親切な言葉のハズなんです。
ですが、私の《子どもを持たない生活を選びたい》という気持ちがあったことで、その度に自分の考えを否定されたように感じてしまったのです。
違う場所で違う人から言われると、
(みんなに普通じゃないと思われる)
と勝手に妄想が膨らんで苦しんでいたんです。
こうして言葉にしてみると、滑稽ですね。
だれもそんな事いってないのに。
【迷っている理由】
100%迷いが無ければ、《私は私だから》と思えるハズです。(…思えるのか?)
迷いの原因の一つは、申し訳なさです。
「オメデタは、まだ?」
の後に、
「おじいちゃん(96)が心配してるよ」と続きました。
私の両親は共働きで一人っ子だったので、
幼少期の12年は祖父母の家でよく面倒を見てもらいました。
根っからの爺婆っ子の私は、安心させてあげたいという気持ちはやっぱりあります。
要するに、期待に応えたいのです。
誰のために?祖父母の為に。
そして、私の為に。
期待に応えて「いい子だね」と、褒めて欲しいのです。
書きながら、何歳になっても、褒めてほしい気持ちがあった事に気付きました。
私は実際に、その気持ちから結婚しました。
じゃあ、今もし結婚できなくて焦っている人になんて言いたいかというと、
「結婚したいならしてもいいけど、周りに言われてただ焦っているだけなら、結婚はしなくてもいい」と言います。
それより、好きな空間で一人暮らしをして、好きなことをすることでも幸せになれるとおもうからです。
もし、10年後の私が、今の私に声を掛けてあげるならなんで言うだろう。
「子どもが欲しいなら産んでもいいけど、たとえ子どもがいなくても、好きな空間で、好きなことをすることでも、幸せになれるよ」
そう、
【幸せになれるよ】
と言ってあげたい。
勝手に悩んで、何となく落ち着きました(笑)
言葉にする事で、客観的に自分のことを考える事ができました。
またモヤモヤしたら、掘り下げて本音を覗いてみたいと思います(^^)
※繊細な事柄なので、もし不快にさせる言葉があれば申し訳ありません。
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