替り目
桂團治郎(だんじろう)さんの芸歴10周年記念「桂團治郎ひとり会」に行ってきた。
桂團治郎さんは、桂米團治(よねだんじ)さんのお弟子さんだ。かの有名な米朝一門である。人間国宝の3代目桂米朝さんの付き人もしたことがある31歳の落語家さん。落語家になって、1年目で師匠と一緒にイギリスで英語で落語というものを体当たりでしたこともある、チャレンジ精神も旺盛なお方だ。
なぜ詳しく知っているかと言うと、團治郎さんは中学の部活のOB「溝口さん」だからである。
私の部活は少し特殊で、活動内容は「顧問の先生がしたいことを一緒にする」であった。山に登ったり、シーカヤックをしたり、自転車で爆走したり、先生の知り合いの船に乗せてもらったり、色々なことをした。
ちなみに溝口さんと私は母校が違う。先生が転任先の私の学校でも同じ部活を開いたのだ。同じ顧問の同じ部活に所属していた、違う学校の人、になる。
きちんと説明するとややこしい。
しかしそんな事情も関係なく、正式な部活の後輩として私たちを受け入れ、可愛がってくれた面倒見のいい先輩だ。
私が人生で初めて落語を聴いたのも溝口さんが夏合宿で披露してくれた時だった。
正直に言うと当時は、溝口さんが何を話しているのか分からなかった。聞き取りづらかったのもある。雰囲気で「ここ笑うところだろうな」と、なんとなく笑っていたのを覚えている。
しかし聞き慣れない落語にとてもわくわくしていた。
そして、先日久方ぶりに、溝口さんの落語を聴いた。
ひとり会は大阪と東京の2公演があり、大阪では立ち見が出るほど人が来たそうだ。東京公演は上野広小路亭で少しこじんまりとおこなわれた。
今回は「動物園」「客のリクエストで決まる演目」「七段目」の三席が聴けた。
リクエストできる演目は上から「替り目」「がまの油」「悋気の独楽」の3つだった。この中から1つ選んで、受付前のカゴに提出する。
「替り目」は酔っ払いの旦那と嫁の話だとあった。少し悩んだが、ベロ酔いした亭主に対して昔の奥さんはどのような対応をしたのか気になり、私は一番上に丸をつけた。
そうこうしているうちに公演が始まった。溝口さんは汗かきなので、高座に座った時から額に汗をかいていた。
汗拭き専用の手ぬぐいで額をぬぐいながら、溝口さんは枕を話す。枕から、本題に入る瞬間、呼吸を置かず人が変わったように話し出す。
変化の早さに思わず、ぐっと引き込まれる。
ひょうきんな男としゃんとした男が交互に話している。かと思えば虎の皮を被ってばったばったと暴れ回る。
へべれけの酔っ払いがわめいたこともあれば、歌舞伎役者まで登場する、豪華な寄席。
昔よりもとても聞き取りやすく、自然と笑ってしまう落語だった。
リクエスト投票で決まった落語は替り目だった。私がその日1番笑ったのは替り目の枕だ。
深酒をした酔っ払いの男2人が天を見て「あれは月だ、いや太陽だ」と言い争っていると、向こうから人がやってくる。
「おーい、っヒックすみませーーーん」と、お互い見上げているものが月か太陽かよくわからない程酔っているので、他人に判断してもらおうことにしたのだ。すると向かいから来た男はニコニコしながらこう返す。「はぁぁぁぁぁぁい、っなぁんですっかあーーー?!」……今でも内容が思い出せるくらい、印象に残っている。
枕が面白かったからか、リクエストが通ったおかげか、私はすっかり「替り目」の噺が気に入ってしまった。家に帰ってからも他の落語家さんの替り目を聴いてしまったほどだ。
色々聴き比べをすると、不思議と素人ながらに、落語の上手い下手が少しわかってしまった。
溝口さんの落語も素晴らしいものだったが、動画でみた落語家さんは奥さんの演技が本当に女の人がいるとしか思えなかったのだ。やはり芸を磨くことは時間がかかる、大変なのだと実感した。
ちなみに落語は西と東で話が少し違うことがある。中には西では「ちりとてちん」東では「酢豆腐」など、タイトルが変わってしまうものもある。主にローカライズによるものである。
替り目は東だと、オチがつく前に話が終わってしまうことも多いそうだ。溝口さんは西の人だからか、きちんとオチの「銚子の替り目(熱燗が冷に変わること)」まで聴くことができ、大変満足だった。
最近特に、頑張ってもなかなか成果がでないことに悩みながら、努力することが多い。デザイナーとして、ぺーぺーの新人だから色々覚えることが多く、楽しいが、楽なわけではない。
早く成果が出ないかと思っていたが、芸歴10周年の溝口さんを通して、芸を磨くことは簡単でないことを、改めて痛感した。しかし、成果は確実に出ることも教わった。これからも頑張って、少しでも私の芸を磨きたいと思う。
今後の頑張りがデザイナーとしての、調子の変わり目になることを願う。
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