S沢

大学院生 23歳

S沢

大学院生 23歳

最近の記事

片思い ー2

 エヴリンはお酒を、特に赤ワインを飲むのが好きで、私たちが食事をするときは決まってエヴリンがワインの美味しいお店を選び、多少遠くてもそこに行く。私は一杯で顔が赤くなってしまうから一緒に長く楽しむことはできないが、私がいた方がいないよりも何倍も、美味しいワインがさらに美味しくなるのだという。  エヴリンはいつも左手にワイングラスを持ち、右手で私の左手に触れている。そうしてワインを飲む。飲み干すとき、最後のひとくちというとき、エヴリンは私の左手に触れている右手に少し力を込める。私

    • 片思い ー1

       アパートメントの三階にある部屋のリビングルームから、道を挟んで隣り合う家の庭が見下ろせる。庭にはカエデの木が植っていて、ここのところ葉が赤く染まりつつある。私はカーディガンを羽織り、秋なのだと実感する。長い夏だった。  コーヒーメーカーの稼働する音は大きくて、この家にやってきたばかりのときはなかなか使う気になれなかったが、今はこれがなければ生活できない。自分の中に変化があることを認め、不思議な気持ちになる。  コーヒーに無調整豆乳を入れ、無理やりソイラテにする。生理前にはな

      • 片思い ープロローグ

         私を愛するということは、私の中にいる沼田浩樹のことも同じく愛するということだ。  そして私の恋愛とは、彼を通してあなたを愛するということ。あなたの手には私の手だけではなく、薄い手のひら、細く長い指、丸く整えられた爪、彼の手も重ねられている。彼に比べてあなたの手はもっと大きくて素晴らしい、けれど安心感はやはり上回らない、と声に出さず私は三人の恋愛を営む。  私を思い切り愛するということは、私の中にいる沼田浩樹のことも同じだけ愛さなければいけないということだ。私の細胞は、彼でで

        • 夏の夕方

           教授室のある建物の目の前には椿が植っていて、冬ごろになると濃い赤色の花を咲かす。暑い今は深い緑色の葉を茂らせたただの木にみえる。私は夏の椿の木のほうが好きだ。どの植物よりも、黒い絵の具を一滴混ぜたような緑色の力強さ。  だから一昨日も、教授室に行く前に私はしげしげとこの木を見つめていた。挨拶をするように少し近づき、目線だけで抱擁するように。椿の木も、葉も私を見つめていたと思う。私たちはお互い物静かな友人だ。  するとその木の細い枝に、緑色のふくらみがあるのを見つけた。動

        片思い ー2

          日記 -girls in the summer

          Girls in the van Go to the sea Drink sweet rosé wine We are young We are adorable We are in the relationship with the sun He is cheating with girls

          日記 -girls in the summer

          とるにたらないこと

           初夏、というべきか、五月の初めの連休に家族で軽井沢に小旅行にいった。最近ドライビングライセンスを取得した妹が運転する不安定な車の中から永遠に続く山の連なりを見て、山は見ていて飽きないな、と東京に生まれ二十三歳になる今も東京に住み続けている依子は思った。軽井沢には祖母が所有する別荘、というより小さなログハウスがあるので小さい頃からよく訪れているのに。  祖母は「イギリスのものであること」、または「イギリスらしいものであること」に対するこだわりが強く、それは祖母が祖父の仕事の都

          とるにたらないこと

          ごみ箱

           学校から帰ってきて淹れたコーヒーはもう冷めてしまっていて、飲む気はしないけれどあと少しだけ残っている。夕海が買ってきてくれた、カフェインレスのコーヒーだ。あなたは考え性だから、胃を労わって普通のコーヒーを飲みすぎては良くないわ、と夕海は言っていた。私は有海の方がよっぽど考え性だと思う。  お腹が空いたような気がして冷蔵庫をのぞいたが、コーヒーの粉と、半分残ったコーヒーの粉と、半分残ったマヨネーズ、かびた食パン一枚しか入っていなくて、食べられそうなものは特になかった。一枚だけ

          ママ

           妹と母が二泊三日の博多旅行へいった。母の日も母の誕生日も、金欠でプレゼントをあげられなかったので、バイトで貯めた金で妹が母を旅行に連れて行くのだという。  祥子は二人の旅行中、祖母の家で過ごすことにした。誰もいない家に一人でいることに耐えられず、近くに住む祖母の家で夕食をとり、風呂に入り、自宅に寝に帰った。父は仕事が忙しく、日付が変わる直前に帰ってくる。  あともう少しで大学を卒業して社会人になる年齢だというのに、祥子は自分を情けなく思っていた。ただそれ以上に、自分をひ