助手席ジュークボックス
昨日も今日も助手席に座っていた。スマホはBluetoothでカーナビに繋いでApple musicの音楽を垂れ流せるようにしてある。数少ない旅行の機会を楽しむためである。
この週末は三兄弟(私弟妹)三人で旅行に出かけた。姉妹は嫁いで長男は地元に帰って……別々の場所から訳あって集結し、祖父母を伴い、妹の子供を連れての六人旅であった。
私はゲストである赤子を退屈させないよう、そして慣れない運転で2時間運転する弟を眠らせないようにする使命を背負っていた。祖父母に悪いが、人力ジュークボックスはそちらを優先する。
赤子が好きなのは童謡だ。「どんな色が好き?」とか「ぞうさん」をはじめとする、NHKはEテレの「おかあさんといっしょ」の音源を流してみる。歌い手はレジェンド・たくみお姉さんだ。
曲が終わるタイミングを見計らい、素早く次の曲に切り替える作業は結構こつがいる。後奏が終わるタイミングと同時に次のセレクトを流さなければならないので、耳を澄ませている必要があるのだ。
疲れがあったのか赤子はすぐにすややかに眠ってしまった。のでジュークボックスはすぐさま弟に尋ねた。
「よく聞くアーティストなに?」
「米津玄師とクリープハイプ」
クリープハイプは流石に90代には酷だろうと思い外す。代わりに米津玄師の「パプリカ」から旅は始まった。米津玄師MIXだ。
平坦な道を行く中でいちばんの敵は運転手の眠気である。たまに変化球をいれようと、ジュークボックスはちょこちょこと懐メロを流してみる。
「なにこの懐かしい曲」と妹がいう。弟は「コードギアス!」と答えて口ずさむ。「モザイクカケラ」である。
「なんだっけ、00(ダブルオー)?」
「そう00」
これはガンダム00のエンディングだった「フレンズ」。
「こんなAメロだったっけ?」と言われたのは坂本真綾「ループ」。「ツバサ・クロニクル」のエンディングだ。
穏やかで優しげな曲を探そうとするとどうしてもエンディング曲になるのは何故だろう。
「CHEMISTRYの『This Night』」
「せいかいー」
こんなふうにして私たちは2時間のドライブを楽しんだ。懐メロの数だけ、昔に戻っていくような気がした。祖父母は、赤子のために掛けていた童謡の方が懐かしく感じたようだったのだけど。
というのも、妹の赤子くらい小さかった我々を育てたのは祖父母であるから、三兄弟は祖父母には足を向けて寝れない。今年90を数えたふたりは、そろそろ体が弱ってきた。病気もたくさんしたし、介護が必要になってきたし。
……思い出作りといったら冷たく聞こえるだろうか。
ジュークボックスは懐メロを探しながら「遠くへ来たなあ」と思う。生まれた土地を離れ、学業をおさめ、結婚して遠ざかっていた懐かしい思い出たちに直に触れるような気持ちだった。
「桃の花が咲いている」
「あれは梨の花」
祖父母が昔みたいに教えてくれる。桃はピンクで梨は白い花をつけていた。桜はすっかり終わったものと思っていたが満開だったし、水仙の黄色い花がまとまって植わっている花畑などもあった。菜の花畑は風に揺れていた。
あそこは夢の国だった気がする。あるいは春の国だ。一瞬で過ぎ去る春を閉じ込めた場所があそこだったんだと思う。
帰ってきて考えるのはそればっかりで、私は自分の語彙の貧困さに呆れる。もっと他に言い表す言葉があるだろうに、よりにもよっていまそれしか出てこないことが悔しくてたまらない。
日本酒をがぼがぼ飲んでさえいなければもうちょっと鮮明に語ることができたろう。
きっと今日のことも明日になったら忘れる。ジュークボックス、今めちゃくちゃ酔っ払っているんだけど、覚えていることだけでも書こうと思ったのだ、