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<レジュメ>教育相談をめぐる時間と空間―適応の恢復プロセスとサードプレイスの視点から―

著者:伊田勝憲
掲載:『立命館経済学』第71巻 第6号 pp.3-12|2023年3月(論説)

【はじめに】

本論文の内容

  • 「教育相談」に何が求められているのか、時間と空間という視点を意識しながら論じられている

  • 筆者自身の不登校経験と恢復(回復とほぼ同義)プロセスを考察し、趣味仲間との交流等の場が果たす役割にも注目

  • サードプレイスと適応の関係について時間と空間の両面から考えている

筆者自身

  • 小学5年から中学1年にかけての約2年間の不登校・ひきこもり

  • 大学時代の研究テーマ:青年期における学習への動機づけをアイデンティティ発達との関係

  • 現在:教職大学院及び学部の教職課程において主に生徒指導・教育相談に関する科目を担当

 【時間と空間を捉える心理学的な視点】

  1. 2つの適応:北村(1965)

    1. 外的適応(社会的適応)

      1. 身近な所属集団や地域社会など、環境との調和が保たれていることを指す概念

    2.   内的適応(自己適応)

      1. 個人内での葛藤の調整がついているかどうか、すなわち、やりたいこととやるべきこととの折り合いがついているかどうかを指す概念

図1 「適応の二次元」における個人の適応状態の時間的変化
2つの適応を座標軸とする平面(適応の二次元)を想定した場合、ある瞬間における個人の適応状態を「点」として描くことができる
適応状態の変化を「点の移動」と捉えて、軌跡を「線」として描くと、それはまさしく時間的な視点から見た適応のプロセスそのものということになる

【「適応の二次元」で描く不登校の位置】

  1. 適応の二次元」を使用し、不登校を例に適応状態の変化のプロセスを模式図的に描く(図2)

  2. 左側半分:学校不適応の状態(不登校)、右側半分:学校に行っている状態

  • 第1象限(右上)

    • 社会的適応かつ自己適応の状態、いわば「元気に登校」している児童生徒

  • 第4象限(右下)

    • 登校してはいるものの、緊張や不安が強いなど居心地の良くない状態

    • いわゆる「不登校予備軍」あるいは「隠れ不登校」等と呼ばれる状態

  • 第3象限(左下)

    • 第4象限の個人が何らかのきっかけにより、社会的適応も損なわれる状態にあること

    • 社会的不適応かつ自己不適応の状態に移行し、それが継続すると不登校ということになる

  •  第2象限(左上)

    • 社会的不適応に分類されるが、自己適応が恢復ないし保持されている状態

    • 一般に不登校と呼ばれる状態に含まれるが、第2象限の位置を便宜上「活動的不登校」と表現

 【筆者自身の不登校経験と恢復プロセス】

  • 筆者自身が経験した約2年間の不登校とその前後の期間のプロセスを図式化(図3)

  • 第1象限から第4象限を経て第3象限へ、そして第2象限を経て第1象限へと移行した

【社会の多層性から考える自己適応の恢復】

  1. 筆者の不登校経験とその前後のプロセス

    1. 重要な役割:鉄道趣味の仲間たちとの交流

    2. 電車内や駅のプラットホーム等における居場所性:「サードプレイス」を得たということ

    3. 自然発生的な異年齢集団もまた1つの「社会」とみなすことができる

  2. もう1枚の適応の二次元

    1. 社会の多層性に着目し「社会」を鉄道趣味仲間とした場合の図式(図4)

    2.  大きな「社会」としての学校バージョンでの図式(図3)における自己適応の恢復は、小さな「社会」である鉄道趣味仲間という集団への社会的適応とほぼ重なる現象として読み解くことができる

自己適応を支えているもの

  • 理解者や伴走者とでも言えるような他者の存在

  • 重要な他者がいる場としての小さな社会への参加

  • すなわち小さな社会的適応である

小さな社会とは

「趣味仲間の集まりのようなサードプレイス」と「ファーストプレイスである家族集団」

杉山(2016)の論考

  • 「家族の絆」という神話に寄りかかってファーストプレイスありきで自己適応の恢復を期待することには相当のリスクが想定される

  • 児童生徒の自己適応の恢復を支える居場所→地域におけるサードプレイスの選択肢の充実が望まれる

 【セカンドプレイス内サードプレイスの幅】

  1. 筆者自身の恢復プロセスを図3でふりかえると

    1.   学校復帰後の自己適応と社会的適応の両方を支えていたもの

    2.  写真を共通の趣味とする中学2年時の新しい担任教諭(A先生)

  2. セカンドプレイス内サードプレイス

    1. その場所は理科準備室内にある狭い暗室であったが、中学3年進級時には正式に写真部を立ち上げて部長となり、まさに筆者にとっては暗室が放課後の「居場所」となった

    2. 学校というセカンドプレイス内ではあるが、A先生や他の部員との交流は、鉄道趣味仲間との交流の場に近い安心感をもたらしてくれる点においてまさにサードプレイス的な場であった

【校内サードプレイスと教育相談の可能性】

筆者自身の不登校経験とその恢復プロセス


特に自己適応を支える場としてのサードプレイスの可能性に着目

  • 小さな「社会」への社会的適応によって自己適応の恢復が支えられている視点

  • 校外における鉄道趣味仲間との交流というサードプレイスの存在

  • 学校復帰後の校内におけるA先生との写真趣味の交流から立ち上げられた写真部の活動というセカンドプレイス内サードプレイスの存在

個人志向と社会志向

  1. 個人志向=自分自身の内的基準への志向性

    1. 自分自身の個性を最大限に発揮できるという点で、自己実現に近い特性を意味する

  2. 社会志向=他者あるいは社会の規範への志向性

    1. 社会の中でうまく適応していくための特性を意味する

山田・小林(2015)によるシミュレーション研究

  • 自分の時間を過ごすために公共空間を利用する個人志向の人々に着目

  • 交流を好む社会志向の人々に専有(社会志向専有)されがちなサードプレイスを個人志向の人々も共存可能な場所として設計する条件について検討した

  • 個人志向の人々が多い状況では、雰囲気の良い空間デザインやコーヒー、音楽の提供などによる居心地の良さの設計が2つの志向の人々の共存を促進するという結果が得られた

  • 2つの志向間のコミュニケーションを促進することが利用者の流動性を高め、結果として専有を防ぐことも見出された

「主体的・対話的で深い学び」という流れの中で、学級でのフォーマルな授業場面における社会志向的な児童生徒の活躍の機会が増えているとするならば、山田らの研究で言うところの「社会志向専有」により、個人志向的な児童生徒がそこでのコミュニケーションに参加しづらいまま共存できなくなり、例えば不登校の増加という現象につながっていることも仮説的には考えられる

教育相談の目的

児童生徒が将来において社会的な自己実現ができるような資質・能力・態度を形成するように働きかけること(文部科学省2022)

居場所カフェや部活動等の校内サードプレイスにおけるインフォーマルな交流の時間において教育相談的機能が作用することにこれまで以上に関心を向けるべきかもしれない

本稿では、その物理的環境のデザインや交流の素材となるコンテンツについての議論に踏み込めなかったが、今後、例えば、山田らの研究で例示されている「音楽」の果たす役割などについても機会をあらためて考察したい

元の論文はこちら

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