地図と私3
山の頂上から見た景色と書いて、さらに思い出すことがある。
さかのぼること、小学生時代。
当時住んでいた市営住宅の3階の家のベランダから、右手方向に山が見える。
たたらやま、という名がつけられたその山の向こうが、やけに気になる時があった。
何があるんだろう。。。。?
親に質問すると、「手代森だよ。お祖母ちゃんの家に行く時に通るでしょ?」との返答。
・・・・?
自分の頭の中で、つながらなくて、きょとんとしていたと思う。
すると、父親が
「よし、じゃあ今度登りに行こう!」と提案。
なんだか冒険に行くような気がしてワクワクし、友達も誘って迎えた週末。
いろんな道があったと思うのだが、父が選択したのは日影渕という砂防ダムを通っていく道。
怖がりだった当時の私は、父に肩車をされながら、
「こわーい!」と泣き叫んで水の上を超え(絶対に他の道もあったはずなのに。。。)、その後の林道はとても急で滑り落ちそうな(ように当時の私には見え)道で、必死になって登っていた記憶がある。
(今思えば、なんて可愛いのだろう(笑))
そして、登り切った先に開けて見えた景色。
北上川の流れと、開けた平野。
知っているのに、知らなかった景色。
新しいのに懐かしい景色。
正直、どこからどこをみていたのか定かではないが、
唯一確かだったことは、自分がとてもワクワクし、感動し、達成感があったこと。
記憶は感情と密接につながっているという。良くも悪くも、記憶に長くとどまるという。
その通りだと思う。
だって、その証拠に、帰り道はどこをどう帰ってきたのか、今でも思い出せないのだから。
続く。