急性膵炎について
急性膵炎は、膵臓内で膵酵素(特にトリプシン)が異常に活性化され、膵臓自体を消化してしまうことで発生する急性の炎症性疾患です。多くの場合、上腹部に激しい痛みが生じ、吐き気や嘔吐を伴うこともあります。重症化すると、多臓器不全を引き起こし、死に至ることもあります。
原因
急性膵炎の主な原因は、胆石とアルコールです。日本では、男性ではアルコール性膵炎が多く、女性では胆石性膵炎が多い傾向があります。その他、脂質異常症、外傷、特定の薬剤、ウイルス感染などが原因となることもあります。近年では、SARS-CoV-2による急性膵炎の報告もみられます。
胆石性膵炎
胆石が総胆管に詰まり、膵液の流れを妨げることで発症します。胆石が膵管に直接詰まる場合や、胆石によって引き起こされた炎症が膵臓に波及する場合があります。
アルコール性膵炎
アルコールの過剰摂取によって膵臓に炎症が起こります。アルコールが膵酵素の活性化を促進したり、膵液の粘稠度を高めて膵管の閉塞を引き起こしたりすることで発症すると考えられています。
病態生理
急性膵炎の発症メカニズムは、膵酵素が本来であれば腸管内で活性化されるべきところを膵臓内で異常に活性化されることに起因します。通常、膵酵素は不活性な前駆体の形で分泌されますが、膵管閉塞やアルコールの影響により膵臓内でこれらの酵素が自己消化を引き起こします。この結果、膵臓内で組織の破壊が進行し、周囲の組織や血管に炎症が波及します。
診断
急性膵炎の診断には、以下の3項目のうち2項目以上を満たすことが必要です。 他の膵疾患や急性腹症を除外することも重要です。
①上腹部に急性腹痛発作と圧痛:急性膵炎の代表的な症状は腹痛で、全国調査では92%の患者にみられました。腹痛の部位は上腹部が多いですが、腹部全体に及ぶこともあります。
②血中または尿中の膵酵素上昇:
・血中アミラーゼ: 急性膵炎以外にも、他の膵疾患、唾液腺疾患、消化管疾患、婦人科疾患、薬剤性、マクロアミラーゼ血症などでも上昇する可能性があります。
・血中リパーゼ: 急性膵炎の診断では血中リパーゼの測定が推奨されます。 検査体制が整っていない施設では血中アミラーゼを測定します。
・尿中トリプシノーゲン2 (UT-2):膵特異性が高く、発症早期から長期間高値が持続するため、急性膵炎の診断マーカーとして有用です。日本では、UT-2迅速検査キットが保険適用され、実臨床で使用可能となっています。
③超音波、CTまたはMRIで膵に急性膵炎に伴う異常所見:膵臓の形態変化(腫大、周囲炎症、浮腫)を評価するために、超音波検査やCT検査が行われます。 重症度評価、合併症、成因の精査には、造影ダイナミックCTが有用です。
鑑別診断
急性膵炎と似た症状を示す他の疾患を除外するために、以下の検査を行うことがあります。
・腹部超音波検査:胆石の有無、胆嚢の状態、膵臓の腫脹などを確認します。
・腹部CT検査:膵臓の状態をより詳細に評価します。特に、造影CT検査は膵臓の壊死の有無を評価するのに有用です。
・MRCP:胆道や膵管の状態を評価します。特に、総胆管結石の有無を評価するのに有用です。
・EUS:胆石、慢性膵炎、膵癌などの診断に有用です。
重症度分類
急性膵炎の重症度は、以下の3段階に分類されます。
・軽症臓器不全がなく、全身状態も良好です。
・中等症:一過性の臓器不全や、局所的な合併症がみられます。
・重症:持続性の臓器不全や、全身性の合併症がみられます。
重症度診断:
・日本では、厚生労働省難治性膵疾患調査研究班が作成した重症度判定基準が広く用いられています。
・この判定基準は、予後因子スコアと造影CT Gradeで構成されています。
・予後因子スコアは、base excess、PaO2、BUN、LDH、血小板数、総Ca値、CRP、SIRS診断基準、年齢の9項目から評価します。
・造影CT Gradeは、炎症の膵外進展度と膵の造影不良域のスコアから評価します。
・重症度は、予後因子が3点以上または造影CT Grade2以上と診断されます。
・急性膵炎は重症度によって予後が大きく異なるため、重症度に応じた管理と治療が重要です。
治療
急性膵炎の治療は、重症度に応じて異なります。
軽症・中等症
・輸液療法:炎症によって失われた水分や電解質を補給します。
日本のガイドラインでは、積極的輸液療法(初期24時間以内に約4L以上輸液)が条件付きで推奨されています。
・鎮痛:痛みを和らげるために鎮痛剤を投与します。
急性膵炎に伴う痛みは激しく、持続的であるため、アセトアミノフェン、NSAIDS、非オピオイド、オピオイドなどを症状の強さに応じて使用します。
・絶食:膵臓を安静にするために、絶食を行います。腸管蠕動が回復すれば、徐々に食事を再開します。軽症膵炎では、腸管蠕動が回復すれば、発症早期から経口摂取が可能です。
重症
・集中治療:呼吸管理、循環管理、腎機能管理などを行います。
・栄養療法:経腸栄養または静脈栄養を行います。重症例では、入院後72時間以内に経腸栄養(EN)を開始することが推奨されています。これは、ENによって腸管壁の integrity を保持し、感染を予防するためです。
・合併症に対する治療:感染性壊死に対しては、抗菌薬の投与やドレナージを行います。胆石性膵炎に対しては、内視鏡的乳頭切開術や胆嚢摘出術を行うことがあります。
胆石性膵炎の場合
胆管炎を合併している場合や、黄疸や胆管拡張などの胆汁うっ滞所見がある場合は、早期の内視鏡的乳頭切開術(EST)が推奨されます。
また、急性胆石性膵炎に対しては、膵炎再発や胆石関連合併症の予防のために胆嚢摘出術が必要とされています。
壊死性膵炎の場合
感染性壊死を伴う場合、保存的治療で改善が見られない場合は、step-up approach にしたがってインターベンション治療を行います。
内視鏡的または経皮的ドレナージを行い、その後、必要に応じてネクロゼクトミーを施行します。
内視鏡的ドレナージには、EUSガイド下ドレナージ が主流となっています。
EUSガイド下ドレナージでは、LAMS(lumen-apposing metal stent)などの専用の大口径メタルステントが使用されることがあります
ERCP後膵炎
ERCP施行後に新たに急性膵炎を発症することをERCP後膵炎といいます。
ERCP後膵炎の予防には、NSAIDSの直腸内投与 や、一時的膵管ステント留置が有効とされています。
予後
軽症の急性膵炎は、ほとんどの場合、後遺症を残さずに治癒します。しかし、重症化すると、死亡率が高くなります。また、急性膵炎を繰り返すと、慢性膵炎に移行することがあります。慢性膵炎は、膵臓の機能が徐々に低下していく病気で、糖尿病や消化吸収障害などの合併症を引き起こす可能性があります。
予防
急性膵炎を予防するためには、以下の点に注意することが大切です。
・節酒:アルコールの過剰摂取は避けましょう。
・バランスの取れた食事:脂肪分の多い食事は控えましょう。
・定期的な健康診断:胆石や高脂血症などの早期発見に努めましょう。
まとめ
急性膵炎の治療法は、近年、経験的な治療からエビデンスに基づいた治療法へと移行しつつあります。 しかし、まだエビデンスが不足している点も多く、今後の研究の進展が期待されます。
急性膵炎は、適切な治療を行えば予後が改善する疾患です。医療機関との連携を密にすることが重要です。