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なぜ、街から書店が次々と消えていくのか後編 ~コンビニから雑誌が消える日~ 出版流通論Vol.2

―――世の中の方々には、「コップの中の嵐」に過ぎないでしょうが、昨年、出版界というコップの中で大きな嵐が起こりました。コンビニの雑誌は取次の日販やトーハンが物流と決済機能を担っています。日販はローソン・ファミリーマートと取引があり、トーハンはセブンイレブンと取引があります。そんな中、日販が2024年にローソン・ファミリーマートとの取引を中止するという話があり、それが出版社に伝えられました。日販にとって大きな赤字部門であるコンビニとの取引から撤退したい強い意向が示され、出版界は大騒ぎになりました。この後編では、この顛末と共に「街に書店を残す処方箋」の一部をお伝えます。―――

 

日販「ファミリーマート・ローソン」雑誌取引停止の衝撃

 出版社にとって、コンビニの雑誌販売は広告料収入の面から言っても、雑誌販売の生命線です。その中でローソン・ファミリーマートの販売占有は大きく、この販売ルートを失うことは、出版社にとって大打撃になり、雑誌存続にも関わります。日販の奥村景二社長は、「コンビニルートの2023年度売り上げは280億円で赤字が40億円にもなる見通しだ」と話されています。日販全体としても2023年度通期でもかなり厳しい決算が見込まれています。この現状に鑑み日販はローソン・ファミリーマートとの取引辞退を決めたのでした。

これに対してトーハンは、川口雑誌新センターに42億円もの投資をしてでも取次事業を守り全国の書店に寄り添い続けるとして、ローソン・ファミリーマートとの取引は2025年7月から始めることになりました。出版流通は雑誌配送が根幹になっています。特に全国に5万軒あるコンビニルートがその中心です。極端な言い方をすれば、「コンビニ配送のついでに書店に本を運んでいる」 状態です。日販が手放したローソン・ファミリーマートとの取引をトーハンが引き継ぐのは、その使命感ともいえるでしょう。

日販はその後の物流をどんな風に構築されていくのか、大変に興味深いものがあります。物流系のコンサルタントが入っておられると聞いていますので、何らかの見通しはお持ちの上での決断かと思いますが、トーハンは雑誌配送を守りこれまでの流通ルートを守り、日販は新たな書籍を中心とした流通ルートを見据えているように思えます。

経営者が死力を尽くすトーハンと日販のどちらの経営戦略が正解なのかは、部外者が軽々に論ずることはできませんが、そう遠くない時期に結論は出ると思われます。

街の本屋が生き残る為の処方箋

《出版社に求められる対応》

  出版社が、これからも再販売価格維持制度(再販制)を守ってゆくのであれば、出版物の価格の15%前後のアップと取次卸し正味の10%下げは避けられません。その2%を取次に8%を書店で分配するか、同等のバックマージンを支払うことが疲弊する取次と書店の経営改善に繫げるのには一番の早道と思います。

この考え方に異論があることは私も十分に承知していますが、まずはそこから出版界でタブーとなっている正味についての議論を始めることはできないでしょうか? 正味を下げて書店の粗利益率拡大ができないならば、出版社は再販制度を放棄して、価格決定権を取次と書店に委ねるほかに出版界が生き残る道は残されていません。

営業面では、取次の協力も得て 「新刊事前受注」 に対応した仕組み作りとDXの推進を強力に推し進めてゆくことが肝要です。もう既に取次には見計らい配本をする余裕もメリットもありません。

編集面では、現状の経営者が編集者へ 「一定期間内の出版点数を求める」 のではなくて、「一定期間内で担当する本の販売数」を求めるようなマネジメントに移行することが欠かせません。それが、読者も書店も求める 「売れる本」 への入り口になります。出版社が良心に従って良いものを作り続けることがロングセラーを生み出し、出版界を再び活性化させてゆきます。

《取次について》

読者諸氏の多くが持つ出版界への最大の不満は 「なぜ注文した書籍の入荷が遅いのか?」 だと思います。この原因は明確です。出版流通は取次が担っていますが、この流通網は元々雑誌配送を基盤にしています。その雑誌配送網は安価で全国津々浦々まで精緻に張り巡らされているので、取次は長年この仕組みに書籍の配送も併せ載せる形で使ってきました。

書籍の注文品はこれにバイパスを作るようにして対応してきたので迅速性に欠け、書籍の注文品がほかの流通網に比べてスピードで大きく劣っていました。これが原因ですが、この現状にようやく変化の兆しがハッキリと見えてきました。

 2023年はトーハンと日販がその経営方針について別の方向に大きく舵を切った年になりました。もう、両社は 「取次」 という言葉で一括りにできない業態になってゆきます。トーハンは今後も出版物のホールセラー(wholesaler)として出版販売会社であり続ける意思を明確にしました。日販は出版販売会社としての機能を縮小して、輸配送と代金回収による手数料収入を柱とするディストリビューター(distributor)としての方向性を明確にしました。傍証ではありますが、2023年の両社トップの発言を見てゆきましょう。

 トーハン近藤敏貴社長は、「ドイツ型モデル」 を参考にして経営を進めてゆく。具体的には①書籍新刊の書店からの事前発注を受け付ける。②注文品出荷のスピードを上げる。この二つのマーケットインの思想で取次事業を再構築し始める。書籍販売の課題は返品率の高さと流通コストにあり、これは是正してゆかなければならない。

日販奥村社長が表明されている 「新しい形の取次」 は推測するほかないのですが、前編で紹介した紀伊國屋書店、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(TSUTAYA)と日販が共同出資して立ち上げたブックセラーズ&カンパニーでの役割は従来の販売会社としての卸しの機能は捨て、配送と集金の手数料収入でのビジネスモデルで参加しています。この新会社が日販取引書店にも参加を求めていることから考えると、事業の柱をこちらに移行されようとしていると考えて間違いないでしょう。

その時に日販は、雑誌の配送はどうするのか? 書籍の配送網をこれから新たにどんな形で構築しようとされているのかは現時点で全く不明ですが、もしそうであるならばトーハンとは好対照な経営戦略になり興味深いです。

 日販の奥村景二社長に期待する書店さんは多いです。久しぶりの営業現場出身の社長であるし、その気さくなお人柄も慕われている。そんな中で大きな赤字(2022年30億円)を出し2023年上期決算では前期よりも赤字幅を増やしていて一刻の猶予もない事情も理解できます。奥村氏に周囲の思惑を気にしている暇(いとま)はないのですが、ローソン・ファミリーマートとの取引中止の手続きについて一定程度の瑕疵(かし)があったことは否めません。そのことで大手出版社が日販に不信感を持つことも理解できますが、「坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い」 かのように、日販が紀伊國屋書店、TSUTAYAと一緒に立ち上げたブックセラーズ&カンパニーまで全否定するようになることは行き過ぎに思えます。日販も新しい取次の業態を模索して生き残りを賭けています。

トーハンはドイツ型取次を標榜し、日販は書籍の取り扱いマージン制移行を視野に入れている以上は、両社共に書籍専用の出版流通の仕組みの再構築は両取次の喫緊の経営課題に思えます。

書店自身が行う生き残りの処方箋の詳細は、5月22日発売の 「街から書店が消える日」 ~本屋再生!識者30人からのメッセージ~ プレジデント社刊に書きました。この本は、大小の出版社の役員、大型書店チェーンや地方単独書店の社長に加え書店現場で働かれている人に取材しています。この他にも出版輸送会社の社長や有名作家など、出版界に一家言ある方々の話を直接聞いて書店の現状と課題と本屋再生への処方箋をまとめています。

主な内容

第1部 「本屋をめぐる厳しい現状」  

大手書店の社長が書店経営の厳しい現状について語り、地域に愛された本屋が消える場面に立ち会った書店人がその想いを伝えてくれて、匿名のライターが粉飾決算で倒産した書店の経緯を詳細に語って貰っています。

第2部「注目の個性派書店から見える希望」 

書店界の再生請負人や「本屋ほど安全な商売はない」と言う本好き書店人が書店の再生の道筋を話してくれました。書店革命を起こしたエンジニア書店員や独立系書店のパイオニアが書店で成果を出す手法を話してくれています。

第3部「出版界の三大課題は正味・物流・教育」  

出版業界が長い方が大きな再編が進む書店業界の実情をつぶさに語り、出版配送の社長が「トラック荷物の半分は食料品」と驚く実情を露わにし、疲弊する書店の現場について大手書店員が実名で語ってくれています。「出版界の死に至る病」である研修(教育)の不在について研修のプロフェッショナルが出版界の異常さについて指摘してくれています。

第4部「提言 生き残る本屋の道」 

 広島の過疎地域で世界と商売し、この春新店舗をオープンさせた佐藤友則。気分がアガる場所としての本屋を提唱するコピーライター川上徹也。「直木賞作家」今村翔吾が見据える先。書店と出版社の新たな関係の構築を考える河出書房新社社長小野寺優。「次の時代への希望はある」と語る講談社役員角田真敏、「書店は出版事業の一番大切なパートナー」と語る集英社会長堀内丸惠。

 

特別寄稿 有隣堂松信健太郎「本は大切です。だから守ってください」通用しない。

 

この本は出版から1年間は電子書籍にしませんし、ここにネット書店のリンクも貼りません。もし、本書に興味を持ってくださったならば、最寄りの書店にお越しください。本好きな貴方ならば、偶然の幸運を見つける能力であるセレンディピティをお持ちです。書店に行けば、もしかするとこの本よりもあなたにとって価値がある本に出合うかも知れませんよ。

#街から書店が消える日

 

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