趣味のデータ分析052_男女賃金格差の謎③_どの要素の影響が大きいのか?
051では、男女の賃金格差に影響を与えていると思われる要因の概況を確認した。結果、企業規模の影響はあまりなさそうだが、それ以外の年齢、勤続年数、職階、業種は、どれも影響が相応にありそうだった。
引き続き、具体的な影響を検証していく。
影響をどう比較するか
051ではとりあえず、各分析要因にのみ注目し、それ以外の要素を統制せずに、男女の差分を確認してみた。そのとき、男女の給与水準だけでなく、労働力についても比較した。
なぜ労働力が重要か。我々が最終的に注目するのは男女給与の「平均的な」格差であり、それには給与水準そのものも重要であるが、「給与水準が低いところに人が偏っている」ことも同様に、平均に大きな影響を与えるからだ。なんで女性の平均給与が男性の平均給与に比べて低いのですか、という問いへの答え方(の一つの例)は、「(男女ともに)給料が低い職階、年齢etcに、女性労働者の属性が偏っている」である。むしろ、その上で残る差こそが、真の意味で男女の給与格差であると考えられる。
さて、その上でどのように検証するかだが、下記の通り検証する。
A. 要因別影響度
①各要因別の、男女の平均給与水準を与件とする(注目する要因以外は、総計のデータとする)。
②女性の要因内詳細別の労働力比率を、要因内詳細別男性の労働力比率に合わせる。
③それによる平均給与の変化を、当該要因による平均給与への影響度とする。
例えば年齢の場合、20歳未満から70歳以上まで、5歳刻みのデータが存在するが、各年齢層ごとの構成比は男女で異なる。このとき、男女の各年齢層ごとの平均給与はそのままにした上で、女性の各年齢層ごとの構成比を、男性のそれにずらしたときの平均給与の変化を、当該要因の平均給与への影響度、とみなす。
B. 統合影響度
Aと同様に、ただし統制可能な全要因で同時に分析を行う。つまり、「25~29歳で、係長級で、1000人以上の規模の会社で、勤続年数2年」という粒度で男女別構成比を確認し、それをスライドさせて平均給与の変化を確認する、ということだ。
ただし、以前説明したとおり、④勤続年数、⑤職階、⑧業種は同時には統制できないので、④⑤、⑤⑧のみ統制し、④⑧はオミットする(面倒なので)。また、平均給与に女性のデータが存在せず(元データに女性のサンプルがないと思われる)、男性のデータしか存在しない場合は、男性の給与データを流用する。
実際には、ミクロデータを使って重回帰分析でもすれば良いのだが、記述統計量しかない現状ではこういう感じでしか推計できない気がする。実際の影響度の推計とのずれがどういう形なのかもよくわからないが、とにかくやってみよう。
各要因の影響度
では、一旦補正されるべき男女の人口比を再確認しておこう。全て前回からの再掲。図1~5の右側を左側に合わせる、という補正である。
補正した結果は図6、7の通り(見やすさの関係で2つに分けた)。パッと見た限りでも、せいぜい職階での補正が多少大きい(男性との差に対して35%縮められる)だけで、個別要因だけでは男女格差を殆ど説明できないことが分かる。規模別の影響はほぼゼロだし、業種別はむしろマイナス方向に変化してしまっている。つまり、「現状男性が多くやっている業種に女性が転職しても、平均的には女性の給料が下がる」、ということだ。
ただし、業種のマイナス効果については、あくまで業種であり職種でない点は留意が必要である。要するに、業種別の補正がマイナスに効いているのは、各業種内での男女賃金格差(男性が多い職場では女性の賃金が低いことが多い?)が要因だろうが、「業種内での賃金格差」が何に起因しているかは別問題なのだ。3K仕事≒資格が必要だったり危険だったりで、女性は事務職しかやっておらず、そのため給料が下がっているだけの可能性もある。業種と詳細な職種のクロスがあれば良いのだが、多分存在しない。
では、これらの要因全て、つまり④勤続期間の差、⑤職階の差、⑥年齢の差、⑧業種の差、⑨企業規模の差を全て統制した場合はどうなるのか?先述の通り、データ制約の関係上、④×⑤、⑤×⑧のみ統制をしたものが図8、9である。
結果としては、④×⑤で統制した場合の方が格差が縮まったが、それでも男女格差の45%くらいの説明力しかない。図6、7の職階に比べて大して男女差が縮まっていないのは、年齢、勤続年数、職階が基本的に多重線形性を持っているからだろう。転職市場が薄く、年功序列のもとでは、これらが強く相関しており、これらを同時に調整しても、結局一つを調整するのと大きな違いがなくなる。
まとめ
図9で業種をさらに統制した場合の結果はわからないが、業種それ自体はマイナスに効いていることを踏まえると、④勤続期間の差、⑤職階の差、⑥年齢の差、⑧業種の差、⑨企業規模の差を全て統制したとしても、男女の賃金差は50%程度しか説明できない、と結論づけたい。
実際のところ、これはある程度予想できた。個人的な印象だが、男女関わらず、(一部の危険手当や資格手当を除けば、)職階の違い=管理職手当等が最も給料に影響を与えると思っており、かつ男女差を生む余地が最も小さい要因だと考えている。実際職階は、他の要因に比べれば差分はまだマシな方であるが、それでも同一の職階で、女性の給与は男性給与のせいぜい9割程度にとどまる(図10、再掲)。職階が同じでもここまで給与格差があるのは、正直驚きだった。そもそも管理職になりたい女性は少ないが、仮に男性レベルまで増加しても、男女賃金格差を埋めるには、なお不足するだろう。
では、男女の賃金格差を正当化するために、その他にどういう事情が考えられるか?
050で挙げたその他の理由は、③保有資格の差と⑩生活手当の差である。統制した結果の差分が50万円程度、月ベースでは4万円程度である。保有資格は一旦置いておいて、生活手当のみ着目しよう。
図11、12(図11は050から再掲)から、特に男女差が生まれるであろう生活手当=家族手当等が、全ての既婚男性(図12は未婚率なので、家族手当の支給率は逆に全男性の8割強。これは、050の図2で示した家族手当支給率が75%前後であることと大きくはズレていない)にのみ支給されるとすると、平均支給額は2万×80%で、16,000円。残りは24,000円分、説明力は頑張っても40%。半分ほども説明できない。地域手当は男女平等だし、住宅手当はさすがに企業数も支給者も限られるだろう(そもそも男女差が発生するのかもよくわからない。男女差が発生するなら、男性世帯主名義で支払っている住宅ローンが存在する場合くらいだろうか?)。
考えられる残差は③保有資格の差か、夜勤等の特殊な勤務形態での差になるが、これも個人的印象だが、資格は手当というより職種や職階に紐づいており、職階への影響等を取り除いたらほとんど影響がないような気もする。一応この辺は「勤務手当」という形で就労条件総合調査で調査されているが、男女比はおろか、そもそも支払われている従業員割合もよくわからない。夜勤は男性の方が多そうだが、そもそも業種が限られる。普遍化するのは難しいだろう。
他に考えられる原因のうち、興味深いものは3つある。1つ目は、女性は男性より、賃金が低くても勤務環境がゆるい職場を選んでいる可能性、2つ目は、女性の方が転職の際に賃金交渉をあまりしない可能性、3つ目は(2つ目とやや重複するが、)転職の際、前職の(女性の平均的に低い賃金を)次の職にも持ち込んでいる、という可能性だ。ほかにも、「男性は女性差別的な職場にも入れるが、女性はそうではないので、女性に非差別的な職への女性のアプライが増えて女性の労働需要が労働供給を上回る」とかも考えられるかも知れない。かなり理論上の話で、実証的に支持されるのかわからないけど。というか、ちゃんと先行研究のサーベイくらいしておいたほうが良かったわ。先行研究多すぎてやる気にならんから、自分で直接弄ってるんだけどさ。
さて、特に3番目は最も興味深い。リンクではメルカリの例だったが、要するに前職で(何らかの理由で)相対的に給料が低く、転職の際の給与交渉で粘着性が作用し、結果(能力は同等なのに)給料が低くなってしまう、という事態である。これ自体は男女ともに発生しうるが、女性の方が平均的に給料が低いと、こうした粘着性による転職時の給与水準の低位維持も、平均的に女性に偏って発生する可能性は十分あるだろう。言い換えると、男女の賃金格差のラストマイルは、企業側が積極的に女性の給与を上げていかないと埋まらないかも知れない、ということだ。
あるいはジョブ型雇用ーーいまいち定義がはっきりしないが、職務内容が事前に明確化されている雇用としようーーであれば、このような賃金格差は減少していく可能性はある。ただ、③保有資格の差と合わせて、正直ジョブ型雇用では、男女の賃金格差は埋まらないと個人的には感じている。
次回、その背景について検証しよう。
補足、データの作り方など
引き続き、賃金構造基本統計調査を主に使用した。検証方法は本体に記載したとおり。
ちなみに図13の役付手当等のデータの出所の就労条件総合調査は、各種手当を「支給している企業割合」のデータはあるが、実際の支給者割合等のデータが存在しない。
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