エッセイ 庭の贈り物 12ヶ月
2月
2月になると、三寒四温という言葉が現すように、寒暖の変化が大きくなってくる。真昼、住宅街の道路はざくざくだ。
先月は降雪量が少なくて、庭の果樹も雪の布団をまとえずに寒そうに見えたが、今は例年通りの積もり具合だ。
我が家の庭は、落雪住宅のため家屋が土地の中央寄りに建っている。
広めの南側、日の当たる狭い東側、半日影の北の庭はそれぞれの環境に合わせて、菜園や果樹園、花壇にしている。
東側に植えたリンゴの木には、鳥の餌台を取り付けてあり、野鳥がパンやくず米をついばみに来る。
ヒヨドリやスズメ、ヤマガラ、シジュウカラ、ウグイスなどの、市街地に現れる鳥だ。
今冬、スズメが暖かい日はふくらすずめにならないのに気づいた。寒くはないのだろうが、体が小さくて雪景色の中では痛々しく感じる。
ふくらかになるのはスズメばかりではない。ヒヨドリも羽を膨らましているのを見るので、鳥の習性なのだろう。
先日初めてゴジュウカラが来宅した。常連の小鳥たちの勢いに負けてすぐに去っていったが、灰色の背と切れ長に見える黒い目元が特徴的だった。
しばれた姫リンゴの実や、バラの赤い実はヒヨドリの夫婦が完食した。
例年、バラの実までなくなることはなかったので、今年は山に餌が少ないのかと思ったりもする。
厳冬期にはリンゴを括り付けてやるが、2.3日で芯までなくなる。
小鳥たちは同時にやってくることはない。大きい順番というか、自分より大きなのがいると、食べ終わるのを少し離れた所で待っている。
欲を張って独り占めする鳥はいない。ある程度満たされると、席を離れ、別の種がやってきて餌を食べる、を繰り返す。
毎日の自然観察で学ぶものは多く、自省することしきりである。
4月
札幌市の西方に位置する我が家の庭で、雪が解け始めて真っ先に顔を出すのはフキノトウだ。
そのフキは京ブキという種類だと分けてくれた知人が言っていた。山や土手に出るものよりトウも葉も細く小さめ。
笊に山ほど採れたトウは、丁寧に洗って天ぷらにする。えぐみや苦みは少ないが、香りが高く春そのものの味わいだ。
トウが咲き終わり、若葉が出始めるのは水仙が咲くころ。若葉もそのまま天ぷらにする。トウや茎とは違い、青臭く濃厚な味わいで、塩が合う。
私のフキ味噌レシピは、香りが強い方が好きなので、山ブキのトウを山から採ってきて使う。
オリーブオイルで炒めて味噌と味醂で味をつけ最後に炒った鰹節をたっぷり混ぜると絶品完成。
クロッカスやレンギョウが咲くころ、こぼれ種で育つミツバと地下茎で増えたセリを毎日のようにお浸しや和え物で食べる。
ミツバは豆腐を入れてとろみをつけた汁にするのは知人のおすすめレシピだ。
2合ばかりの米にサバ缶をまるまる入れ、みりん、酒、しょうゆを加えて炊きあげ、刻んだセリを山ほど混ぜ込むセリご飯は、簡単だが香りが高くさっぱりとしており意外なご馳走と言える。
青ネギやアサツキ、行者ニンニクが15cmほど育っている。
アサツキは辛味苦みがないので薬味として重宝だが、さっと湯通しして酢味噌和えにもする。
夏にピンクの花をつけるのはエゾネギとも呼ばれるチャイブだ。
春の見た目はアサツキと区別がつかないが出番は夏。刻んだ小ネギとピンクの花をソーメンや冷や麦に散らしていただく。花は小葱の味がする。
長く暮らしているうちに増えた庭の多年生植物。土に合っているものが残って今日に及ぶ。
長い冬のあと雪が融けると、スーパーマーケットのお世話にならずに、食卓に旬の苦みや香り、彩りを添える春の野菜は、我が家の宝物だ。
5月
サクラが咲き終わるころ、我が家の庭のリンゴの木に、紅梅色の小さな蕾がつく。
蕾は日に日に膨らみ桃色になり、中旬には白と薄ピンクの花びらがほころび始める。
お天気が良いと、ダイニングの窓から、大小さまざまな蜂がリンゴの花の蜜を吸いに来ているのが見える。
一番目立つのは、マルハナバチだ。毛むくじゃらの黒い体に黄色い線が入った大きな蜂だ。小ぶりで黄色いのは西洋ミツバチだろう。
リンゴは品種の違う木を混ぜて育てないと、受粉が進まず実がならないので、フジと姫リンゴ二種類を植えてある。
毎年蜂が受粉をしてくれる。寒い日が続くと蜂は活動しないので、柔らかな筆の穂先で人工授粉をするが、今年は筆の出番はなさそうだ。蜂がよく働いてくれている。
庭のあちらこちらの、こぼれ種で増えたニラが食べごろだ。
レバニラ、チゲ、チヂミなど、ニラの料理が続く。
昔、お向かいのおばあちゃんにニラのお浸しに生卵を乗せたのが美味しいと教えられ、食卓の定番になっている。
ニラやパセリは、食べられる上に苗ものの植え付けの時、コンパニオンプランツ(助け合って生育する相性の良い植物)として使えるので重宝で、庭から絶やしたことはない。
先日のテレビ番組で、ニラ蕎麦というのを紹介していた。
ニラを湯通しして、丼に盛った冷たい蕎麦に乗せる。真ん中を凹まし、卵の黄身を落とす。見た目もおいしそうだったので早速やってみた。
ぶっかけのように蕎麦つゆをかけて食べる、ただそれだけなのに、混ぜ込むとのど越しが良く、滋味豊かな一品になった。
ニラ料理が続いているので、何となく息が臭くなっているような気がする。
パンデミックが一段落してからずいぶん時間が経つが、この時期、マスクはまだまだ外せない。
6月
郭公の鳴き声が聞こえると霜の心配がなくなるので、豆や苗を植えると言う伝聞がある。
我が家でも、庭の菜園に苗ものやエダマメ、モロッコインゲンなどを植えつける合図にしている。
エダマメは土の中で水を含んで柔らかく膨らみ、根を下ろしていく。
芽を出す前後は山鳩の食べごろなので油断できない。
白い不織布の芽出しシートを敷く、防鳥糸を張るなど様々な防御策がある。
私はかなり前から、ポリスチレンでできたコーヒーの使い捨てカップの底を切り取り、植えた豆に逆さまに被せている。
本葉が出ると鳩は来なくなるのでカップを外す。九分九厘成功している。
5月にイチゴの苗をリニューアルした。
ホウコウやトチオトメなど4種類、8株をホームセンターで購入して、3個のプランターに分けて植えた。
隙間が大きい一つに、庭のあちこちに目を出したレタスの赤ちゃん苗を何個か掘り上げ寄せ植えした。
花が終わったイチゴは日に日に肥大し、黄緑色の小さな粒からクリーム色のイチゴの形へと変わっていく。
赤くなるのももうすぐだ。月末にはレタスが旬を迎える。
間もなく収穫という朝、イチゴのヘタの周りに穴が開いているのを発見。
廻りをよく見ると何かが這ったような跡がある。レタスもみずみずしい葉のあちこちに穴が開いている。
やられた。陸生巻貝、ナメクジだ。甘いところから食べている。
ナメクジはビール好きと聞いていたので、夫に少し残してもらい溺れ死んでもらおう。
缶ごとイチゴの近くに埋め込む。何個か埋めたが、結果を見るのは怖いのでそのままにしてある。
ネットで調べるとナメクジはコーヒーが嫌いだという新情報を見つけた。
毎朝コーヒーを淹れるので滓がある。試しにそのまま苗の周りに撒いてみた。
翌朝、新たな食害は発生していなかった。以来毎日、コーヒー滓を撒いている。
そのお陰なのかははっきりとしないが、毎朝無事に、片手ほどのイチゴを収穫できるようになった。
先日、朝食に自家製のサンドイッチパンでイチゴのフルーツサンドを作った。
夫はエスプレッソ、私はカプチーノで6月を堪能する。
7月
夏になると、我が家の御菜は、「和食」より「地中海食」が多くなる。
庭の菜園の夏野菜とベリー類が収穫時期を迎えるからだ。
「地中海食」とは、オリーブ油、野菜、穀類、鶏肉や魚、ナッツ、フルーツ中心の地中海沿岸諸国の伝統食を指す。
地中海食がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたのは「和食」の3年前だ。
認知症や心疾患の予防効果が高いと、世界の注目を浴びている。
私が料理で使う食用油は、10年以上前にオメガ脂肪酸が体に良いのを知ってから、オリーブ油が中心だ。
肉好きだが、歳を経るとともに鶏肉料理が多くなってきた。
野菜はたっぷり摂り、自家製ヨーグルトをいれたフルーツスムージーを毎朝食べる。
ナッツは常備しており、自家製パンにいれたり、サラダに使う。夏から秋にかけて、食卓にはエーゲ海の風が吹く。
7月から8月の家庭菜園。キュウリ、トマト、ピーマン・ナス、ズッキーニなどの夏野菜が勢揃いする。
サラダや天ぷら、焼き物煮物などの定番以外にラタトゥユ(プロヴァンス地方)、ガスパチョ(スペイン)、ザジキ(ギリシャ)など地中海沿岸の家庭料理が多くなる。
ラズベリー、ブルーベリーも毎日摘む。
ベリー類は血圧を下げ、脳の健康を守るといわれているので、血圧が気になる身としてはありがたい。
地中海食を推奨する「地中海食ピラミッド」という図がある。
三角の頂点にあるスイーツや牛、豚肉は月に数回、次の鶏肉やチーズ、卵は週数回、と食べる頻度を表したものだ。
ピラミッドの一番下は、適度な運動や楽しい会食になっている。
枠外に「飲み物は水と適量の赤ワイン」とある。実はこの赤ワインに一番惹かれている。
8月
今年は暑い夏だった。例年、立秋を過ぎると同じ暑さでも、日陰の涼しさや風の透明感が違ってくるが、今年はまだ真夏のままだ。
三角屋根の我が家は、家屋が敷地の中央に寄っているので、半日陰になる北側には結構なスペースがある。
多年生のミツバ、セリ、フキ、ミョウガなどの菜園にしている。
ミョウガは、家を建てた数十年前に、夫の同僚が分けてくれたものだ。
一生自分の名を覚えられなかった仏弟子にちなんで「食べると物忘れする」ともいわれるが、北国で育つとは知らず、食べ方や育て方を一から教わった。
秋の初め頃、茎葉の根元に出る苞(花弁状の葉)を食べるという。
植えた次の年、知っているものより、紫が濃く緑がかった、ふっくらした苞を数個収穫。生で口にすると香りが強く、歯応えがよい。
今では、裏庭の半分がミョウガ畑だ。地下茎で増えていく。
根が込み合うと苞が小さくなるので、堆肥をたっぷり与え、根切りやわき芽掻きをする。
少し手がかかるが、虫がついたり、病気になったりせず育てやすい。
ミョウガ料理の一番は、何と言っても天ぷらだろう。酢醤油や塩でいただく。
生にはえぐみがあるが、加熱すると旨味だけが残る。もちろん薬味、汁の具にも。
一夜漬けや酢漬けは、使いまわしがきいて重宝だ。
さっと湯がいて赤梅酢に漬ける紅茗荷は保存性が高い。紅生姜と同じように使える。
最近知ったのだが、ミョウガの春の若芽をミョウガタケといい、苞よりも美味だという。
長い間知らずにいた。ミョウガの食べ過ぎで忘れていたのだろうか、ちょっと悔しい。
9月
例年にない暑さが続いている。
わが家の庭の菜園は、周りにある住宅で適度に陽がさえぎられるおかげで、野菜の出来はまあまあだ。
さすがに朝晩は涼しくなったが、昼間はまだ暑い。
ゴーヤやモロッコインゲンは今が盛り。ナスは秋の収穫までに実を太らせるために、切り戻し(伸びた枝や根を切る)をした。
一年草のパクチー、レタス・赤シソ・青シソは花が終わり、種が膨らんできた。
10月には来年用の種を採取し保存する。
パセリは二年草、毎年庭のどこかで花を咲かせ、種が取れる。
種が零れ落ちて、翌年あちこちに顔を出すのが楽しい。
堆肥を作るために庭にはコンポスターを置いてある。
合成樹脂でできた高さ1mほどの容器で、市の<生ごみたい肥化器材の購入助成>を利用して割安でホームセンターで買ったものだ。
野菜や花の整枝で出る茎や葉、雑草、料理の野菜くずや果物の皮などを入れ、堆肥化して畑へ戻す。
無駄なく循環できるシステムなのでだんだん増え今では4個ある。
コンポスターを使い始めた何10年も前、近所の人が「家で出た生ごみを全部入れる」と教えてくれた。
やってみると、ひどく虫が湧いてすぐにやめた。
それからは、肉や魚などの生ごみは投入していないので、あんな恐ろしい思いはしていない。
卵の殻は土のカルシュウムになるので砕いて入れている。
コンポスターは時に思いがけない仕事をする。
発酵を逃れたカボチャの種が堆肥の中から芽を出すことがある。おいしいカボチャを選んで食べているので、その子孫を、何個か収穫できるということだ。
ヤマイモの芽が出たこともあり、その年の秋にはムカゴがたくさん取れた。もちろんムカゴ御飯にしておいしくいただいた。
ヤマイモは旺盛であちこちに蔓を伸ばすので邪魔な時もあるが、完全に駆除はしない。我が家の食卓へ秋の恵を届けてくれるから。
10月
神無月、最低気温がセ氏10度以下になると庭の植物は育ちをやめる。我が家の菜園も冬支度に入る。
インゲンやエダマメは収穫を終えたあと、新鮮な枝葉を刻んで、そのまま土にすき込む。地力を上げる緑肥になる。
堆肥を作る4個のコンポスターは、秋仕舞いで野菜の茎や根、朽ちた葉を入れるとほぼ満杯になる。
表面に石灰をまき、土をかぶせ蓋をして、春までお休みだ。
ブルーベリーとアジサイの細い枝は、雪の重さに弱いので竹で囲う。
リンゴの若い樹は、実をもぎやすいように下向きに綱で誘引していたが、少し緩めて一休み。
イチゴからはランナーという蔓が何本か出る。1本に3,4個の子株ができ、新たな苗を増やせる。
収穫の間はランナーは切り取るが、終わるとランナーにできる子株を育て、2個目以降の大きな株を摘み取ってプランターに移植し冬を過ごさせる。
うまく子株が育たない時は、春に苗を買うことになる。
秋仕舞いのため摘み取った青いトマトは、家の中の日当たりの良いところに置いておくと、大小にかかわらず籠の中で少しずつ赤くなる。
熟した順に最後の一個までおいしく食べられる。味は全くのトマトで、市販の物と遜色ない。
テレビの番組でトマト農家さんの収穫の様子を見ていると、結構青いのを捥いでいる。そこからトマトの力で美味しくなっていくのだ。
こぼれ種から大きく育ったエゴマは、若い葉や実をたくさん摘んでエゴマ味噌やケンニプ(醤油漬け)にした。
独特の味で香ばしく、白いご飯にとても合う。
ダイニングの窓からバレリーナというピンクの花房をつけるバラの茂みが見える。
花を終えると小さな実をたくさんつけ、秋深くに色づく。
あたりの葉が散り果てると、モノクロームの中の赤い実は目に温かい。
今年も営巣しなかったシジュウカラの巣箱を、庭の西側の夏椿の木から、南に当たるバレリーナの横へと移してみた。
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