肉汁うどんの旅
ケンミンショーは言った、
「埼玉県はうどんで下剋上を起こそうとしている」
ながら見をしていた番組から聞こえてきた強烈なフレーズ。
この言葉に導かれ、多くの出演者があーだこーだと意見を交わし合うテレビ番組に、私は意識を集中させた。
その日の企画は、埼玉県の「肉汁うどん」を取り上げていた。
過去にこの番組でうどん特集をして以降、みるみるうちに人気者となり、現在その人気は一番の盛り上がりを見せているという。
県を代表する特産品が何もないこの県にとって(せんべいやお茶に失礼な言い草だが)、うどんに寄せている期待は小さくなく、埼玉県を日本一の「うどん県」にする会というものまで発足されているそうだ。
しかし埼玉県にうどんのイメージはなかったのだが、実は古くから小麦を生産しているこの地域には「武蔵野うどん」と呼ばれるご当地うどんが昔からあったという。
そして「肉汁うどん」というのは「武蔵野うどん」の直系とのことである。
番組では、スタジオの出演者たちが「美味い、美味い」の大合唱。
ズルズルとうどんを啜るSEも相俟って、めちゃくちゃ美味そうである。
稲庭うどんを有する秋田県出身の「食彩あきた応援大使」である女性歌手も「他県のうどんを美味しいとテレビで言える訳が無い」と前振りをしたうえで肉汁うどんを食し、テレビのお約束通り「美味しい」と驚きの声をあげていた。
恐るべき、肉汁うどん。
しかし、どれほど美味いのか、気になる。
これはもう、行くしかない。
肉汁うどんの旅に。
次の休日の朝、番組で取り上げられていた店舗をネットで検索し、
その中から選んだ1店舗「田舎っぺうどん 本店」へ車を走らせる。
ナビの名前検索で「田舎っぺうどん」を検索すると、埼玉県内にある複数の店舗が候補として挙げられた。
一度は、その中で東京からもっとも近い北上尾支店を選んで車を出発させたが、「待て待て、肉汁うどんの旅一発目に本店でなく支店を選ぶことがあるだろうか、いやそれは無いだろう」と、反語の例文のようなことを独りごちながら、本店のある埼玉県熊谷市へ。
熊谷まで約90分のいい距離感。
移動もまた旅の醍醐味である。
この道中にさまざまな景色や、まさかの出来事と出会うことこそが「旅」である。
一直線に目的地に辿り着き、目的のものに出会えるなんて、面白くもなんともない。
そう、寄り道こそが旅なのだ。
腹をすかせたお昼の12時。
旅の同行者ニートのリナさんとともに都内の自宅を出発。
我々の車は、一路「熊谷へ!」という想いとは裏腹に、トイレに行きたくなりコンビニを探し周りいつまで経っても都内から出られなかったり、関越道の入り口がわからず、通り過ぎてしまったりと失敗を繰り返す。
大丈夫、なにせこの予定通りに行かないことが旅であり、人生そのものなのだ。
関越自動車道に乗り、ようやく順調に目的に向かっている実感が得られた最中、リナさんが何気なく聞いた一言で、事態は一変していく。
「ねぇ、お店って何時まで?」
「さぁ」
「・・・」
「・・・」
車内が沈黙に包まれる中、スマホを取り出したリナさんは、店の情報を調べ出した。
待て待て、今日は土曜日だぜベイベ。
ランチ営業だけじゃなくディナーもやってるよきっと、と心の中でツッコんでいると。
「ねぇ、15時閉店なんだけど」
「・・・」
「・・・」
え、やばくね。
ただいまの時間14時8分。
ナビが表示している到着予定時間は14時30分。
ラストオーダーが、閉店30分前だと仮定できるので、これは既に予断なき状況である。
「トイレとかいきたくなったらどうしよう」
独りごちたリナさん。
その隣でハンドルを握るワタクシも全く同感である。
しかしながら、そんな心配をよそに、なんのトラブルもなく、無事に目的地の店に到着。
駐車に手間取りラストオーダーの時間を過ぎてしまっては元も子もない。
駐車場ではなく、ラストオーダーの14:30までに店内に到着していなければ、目的の「肉汁うどん」に辿り着かないだろう。
駐車場に入る前に、リナさんを店前で降ろし、店内に先に入っておいてもらうという作戦に。
大丈夫、これは反則ではないはずだ。
なにせ、ラストオーダーの14時30分までに到着しているのだから。
車を置き、暖簾を潜る先に見える景色、店内は満席。
この時間でもこれだけ居るのかと驚くばかり。
先に店内に潜入していたリナさんが、リストに名前を記入していたため、待つこと5分。
無事に席に案内される我々。
待望の「肉汁うどん」と対面するまであとわずかである。
メニューを見ると肉ネギ・きのこ・塩肉ネギ・・・・と表記されている。
そうそう、ケンミンショーと同じ、同じ。
※「つけめんうどん」とあるが、これこそが「肉汁うどん」のこと。
スタンダードな醤油ベースか、他にはあまり見られない塩ベースか、迷ってしまうがこの店の特徴なのだ。
せっかく熊谷まできたのだから、ここは「塩肉ネギ」に限る。
いざ実食。
つけ汁が温かいかいうちに、いかに食べられるのかが、大事なのだ。
ズルズル。
ズルズルッー。
ズルズルズル。
3口食べたところで思わず出てしまった一言。
「なにこれ、まじ美味い」
塩のさっぱりとした味を想像していたのは大間違い、出汁のきいたスープに濃厚な塩味。
例えるなら塩カルビを食べているかのような濃い口の美味感。
出来立ての一番美味しい温度で料理を食べたい私は、感想を口にするよりも、より多くのうどんを口にしたいクチ。
にもかかわらず、思わず感想がこぼれ出るほど、この「塩肉ネギつけじるうどん」はうまかった。
ズルズル。
ズルズルッー。
ズルズルズル。
ズルズルズルッー。
はい。
完食。
食べ始めて1分で完食、瞬く間に、ザルの上のうどんが消えていった。
隣のリナさんはまだインスタ用の写真を撮っているというのに。
至福の時間をいつまで味わっていたいと感じる間も無く、完食した私は、うどんの余韻に浸りながら店内を見回す。
客が絶え間なく入ってくる。
さすが人気店である。
わぁ、どんどん来る。
すごい回転早い。
人気やばいなぁ。
え、もう止まらないじゃん。
ん。
あれ、いま何時・・・だ?
時計を見ると14時50分。
閉店10分前。
あ・・・閉店ギリギリまで、お客さん注文できるのね。
店の到着に焦り、うどんがきてからも焦って貪り
焦ってばかりの時間だったなと反省したのか。
隣でゆっくりとうどんを啜る音に刺激されたのか。
「すみません、もう1杯同じもの」
もう1回ゆっくりと味わってみようとおかわりを注文するのであった。
さ、食べ終わったら次は、どこの店へ行こうか。
続く