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第34回 雲居(くもい)の雁

長保2(1000)年2月の末、肥前から任果てで肥前から平維将、そしてその妻である香子の伯母が帰京し、堤邸に寄りました。傍らには幼子がいました。香子の親友でもある従姉の忘れ形見の姫です。香子が抱き寄せると何となく従姉に似ていました。
「大君が遺してくれた姫です。香子もこれから可愛がってやっておくれ」
そう伯母は言いました。やがて香子の従兄の伊祐(これすけ)が東の対から少年を連れてやってきました。
こちらは維将の妹・大顔の遺した若君です。もう11歳になっていて元服間近です。親王の落胤のせいか、凛として気品が備わっています。維将は久々に会う甥の成長に「おお」と感嘆の声をあげました。
本当は具平(ともひら)親王の皇子なのですが、夏の大顔の頓死で困った親王は、家司でもあった伊祐の養子に押し付けたのでした。
後年、この少年は藤原頼成と名乗り、その娘祇子は何と道長の子、関白頼通の側室となって師実を産み、摂関家の嫡流となっています。
その時はそんな運命も知らず、皆が涙していました。

香子も、それぞれ母を亡くした二人の幼い親族を見て、涙ながらに歌を詠みました。
「いづかたの雲路(くもじ)と聞かば尋ねまし 列離れけん雁がゆくゑを」
列から離れた雁ー「雲居の雁」を香子は思うのでした。(続く)


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