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第41回 明石の君(2)

明石の入道はもと播磨の国司で、娘を「国母(天皇の母)」にしたいという野望を持っていました。妻(後の明石の尼君)は皇族の裔でしたが、何を馬鹿な事をと言ってましたが、『源氏物語』の舞台となる、香子の時から約100年前はあながち大層な夢ではありませんでした。

香子の玄祖父・高藤は15、6歳の頃、山科に鷹狩に行き、雨に打たれて近くの宮道(みやじ)という屋敷に泊めて貰います。宮道弥益(いやます)はかつて薩摩守も務めた受領階級の貴族でした。
そして列子が夜伽とされ、高藤は太刀を渡して帰ります。(この辺り、時代劇にもよく出てくるシーンですね)

帰った高藤は、父親からこっぴどく叱られ数年間鷹狩を禁じられます。そして父の死後行ってみると、列子は胤子(あやこ?)という女の子を産んでいました。
二人を高藤は自分の邸に連れて帰り、定国・定方という男子を儲けます。この定方の娘が、香子の祖母なのです。
胤子はやがて源定省(さだみ)を婿とし、男児を儲けます。その2年後、定省は大出世、天皇になります。男児は醍醐天皇になります。

不運にも胤子は息子の即位の前に亡くなりましたが、東宮となっていたので将来の帝になる事は確信していたでしょう。母親の列子は907年まで長生きし、醍醐天皇の即位を見届けています。

この話を必ずや香子は祖母から聞いており、また元国司の娘が国母になる可能性があるという夢を抱いていたというのを『源氏物語』は著わしていたと思います。

さて、明石の君は、評判通りの美人で、何か六条の御息所に似ていると源氏は思います。気品が高く、悪く言えば気位が高い。

源氏は自分の邸に招こうとしますが、明石の君は頑として受け入れません。相手の家に入るという事は家女房(召し使い)に甘んじるという事です。
仕方なく源氏は入道の家に通います。
明石の君は琵琶も巧みで源氏は引きつけられます。

京で待つ紫の上に知らせ、紫の上は嫉妬します。
そして明石の君の懐妊が分かった時、京では朱雀天皇が眼病になり、母弘徽殿の大后も病気になって源氏に召喚命令が出ます。(この辺りは、東三条院詮子が病になり、伊周・隆家の帰京を許したのと似ています)

源氏は京に帰っても、今更の様に明石の君を想い、そして明石の君が女児を産んだ事を知ります。
源氏は上洛を勧めますが、明石の君の母は、先祖の別荘が今の嵐山にあり、そこに娘母子と共に移ります。父入道は見送ります。
明石の君に男兄弟はいなかったのでしょうか?
そう言えば、源氏の母桐壺には出家した兄が一人いるみたいな事が書いてありました。桐壺も今わの際に言いたい事があるーそれは本当は源氏を東宮にという事だったみたいですが、東宮になった所で後見する人がいない気もするのですが・・・(また長くなりました。次回に続く)


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