第26回 安祥寺(2)
「津島佑子さんさえ門前払いだったのに、無名の私が入れるのだろうか?」
私は狐につままもれた感じになりました。女の人は戸をきちんと閉めていかなかったので、半開きになった戸口から中が見えました。
縁側があり、そこにやはり70くらいの白髪交じりの髪を短く刈り上げたご老人が弁当を食べています。女の人は何か話しかけています。
ー二人は夫婦だろうかーそんな事を思っていると、女の人が踵を返したので私も戸口に戻りました。
女の人はさっきとはうって変わってにこやかな笑顔で、「どうぞ」と言いました。
『どうして?』半信半疑のまま、木戸から中に入ってしばらく歩くと私はなぜ拝観停止なのか分かりました。
寺はひどく荒れていたのです。昨日の雨の影響で、境内ーもはやでこぼこのただの土地ーにはありこちに泥濘が気の毒なほどできていて、折れた松の枝などが無残に散乱しています。
私が繁々と辺りを見回していると、先ほどの老人が近づいてきました。女の人も遠くから見ています。
「あんたさんは何でここに来なすったんだい?」
そんな聞き方を老人はしました。
「あの『伊勢物語』で在原業平がここで歌を詠んで・・・」
と言っても老人はきょとんとしていました。
「文徳の女御の法事がここで行われて・・・」
「ああ、文徳というのは聞いた事がある」
と言いました。-この人は寺のいわれを知らないのだろうか?そうも思いました。
しかし、私と老人は仲良く話をするようになりました。近くで昼休みだからでしょうか、生徒の遊ぶ声が聞こえてきます。洛東高校でした。
私が平安時代にとても興味を持っている事を言うと、老人は、
「平安時代がお好きなら、一つだけ平安のものがある。ついてきなされ」
と言って暗い坂道を案内しだしました。
老人は、もう三十年来、この寺に勤めている作男であるという事でした。
緩い坂道を上ると、10m四方の堀に出ました。中は、からでした。
老人は説明してくれました。
「寺を造る時な、最初にまず水がいるというので、堀を造ったそうな」
老人の説明に、私はしみじみとその堀の遺構を見ました。
老人は更に説明を続けました。
「この安祥寺は昔は大きな寺でな、醍醐寺なんかも従えていたそうな。じゃが、今の住職さんが、昔気質というか、金儲けに全然興味がない人で、土地も高校に売ったり、仏像も持って行かれたりしてのう・・・」
と寂しげに言いました。
なるほどそれで寺のすぐ横に高校があるのかと私は納得しました。(続く)