うちは子なし夫婦「別居婚」の選択肢も新たに
先日、ホンモノの「離婚届」に初めて記入した。項目を一つずつ、氏名、生年月日、住所と埋めていく過程では始終、シビれる空気感を味わっていた。
しかし、結果として「離婚」は保留となり、代わりに、結婚十数年のタイミングでの「別居婚」の可能性が出てきた。しかし、後ろ向きではなく前向きに。
今ある自宅は僕が家賃を払って守り続け、妻は、新たな賃貸物件を借りて「週末」だけ帰ってくる生活サイクルになるかもしれない。
じつは、ここ数ヶ月間、妻と月に数回はやや激しめな口げんかへと発展する日がたびたびあった。
大部分は、まあ、生活における僕のズサンさが引き金だったのだろうと。
仕事ではしっかりした準備で取材へとのぞみ、締め切りも守れる自負はある。しかし、プライベートともなるとズボラで、時折、妻をイラ立たせてしまう。
ふと「別居婚」の選択肢が浮かんだのは、夫婦そろって二人で将来を考えた上での結果だった。
現状ではあくまでも「可能性」とはなるが、ここ数週間で実際、妻は新たな物件探しのため、奔走している。
一時的にも離れて、何かが変わるのか。そもそも、僕らの夫婦は子なし(詳細は下記『ボクら夫婦が「子どもを作らない」と決めた理由』より)で、いわゆる「子はかすがい」とはならず、何かでいがみ合うと、おたがいの一挙一動に向けた憎悪や嫌悪を「一対一」でぶつけざるをえない。
その影響からか、口ゲンカともなると泥仕合気味になってしまい、自宅に刺すような空気が流れ、正直「一秒たりともこの場所にはいられん!」と、逃げ出したくなる日もある。
しかし、あくまでも僕自身の感想だが、ある種のツキモノが取れたのか。夫婦で「別居婚」を口にするようになってからは、それぞれの一挙一動に向く「矢印」の先端が丸くなったし、何かあっても「まあ、いいや」とたがいに認め合えるようになった気もする。
家庭内の空気が多少なりやわらいだ以上は、ひょっとすると、近く「別居婚」すらも幻になるかもしれない。
僕はもう、ただただ「仕事にプライベートに」と、粛々と過ごさねばとは…。今は少なくとも、その一心でしかないし、なるようになれと日々感じてばかりだ。