池上線 三連連唱歌の調べ [7](短調編)
[06] 池上線☆☆☆☆(佐藤順英/西島三重子、西島三重子)
実は、本連載を始めるきっかけとなったのが「池上線」でした。確か、「地底のランナー」(注1)をYoutubeで視聴した際に横のリストに挙がってきたのだったと思います。
注1…キダ・タロー屈指の名曲。CDも持っているのですがYoutubeでも見つけつい視聴したのでした。
この最初の「発掘」によって私は、既知の三連連唱歌に気を引かれていただけの段階を超え「収集してみよう」「調べを調べてみよう」と思い立ったのでした。
歌い出しから拍頭単連唱が続きますが、それが主に弱拍から始まっている点が「氷雨」「想い出まくら」とは異なります。「氷雨」「想い出まくら」は、拍頭複連唱も強拍から始まり、そこに“訴え・甘え”の歌詞が乗る…、その感情のままのストレートなモノローグに、強拍拍頭連唱が実に似合っていたといえます。対する「池上線」の歌詞は叙事的で控えめ、主人公の女性は「氷雨」「想い出まくら」の二人よりもおとなしくしおらしい?印象です。旋律線もそれに応じ、連唱部分はそのすべてが弱拍から始まっていて、後ろの強拍へ寄りかかるように連なっていきます。また、サビの直前の「ハンカチーを」の「ー」が直前の「チ」と異なる音程に下げて歌われることで切分6連唱となる所にはいかにも三連連唱歌らしい味わいがあります。サビの始めは「(池上)せんー」。旋律線の頂点に乗る歌詞が「んー」とは…。実に珍しく、通常ならセオリー的にはまずい作法なでしょうが、この曲ではかえってそれが、鉄道路線名をタイトルとサビに持つ歌としての魅力の一つとなりました。自作自唱の西島三重子はそれを心得てか、さすが、すっきりとよく鼻に抜けているようです。
編曲もよく、前奏では、冒頭の鍵盤ハーモニカ?による三連連“奏”旋律の音色と、そのあとに続くヴァイオリンの細かい下降音型とが、どちらも印象的で耳に残ります。
カバーも豊富のようです。私の選ぶベストは、祝友子(いわいともこ)です。次から次へと、楽譜の音符に忠実に歌詞を乗せていく(注2)彼女の歌唱は、オリジナルと同じかさらに速いかというテンポとも相まって、車窓に移りゆく光景の速度を最も感じさせます。拍頭単連唱の各拍頭音が文字通りオンビートなのはもちろんのこと、頻出する拍央からの準連唱についても、唯一「じっと」のみ少し“ため”を効かせる以外は、「話す」「胸に」「白い」「握り」「今日も」のすべてを、きちんと拍央に嵌めていく。実は本家西島三重子もほぼ同様なんですが、祝友子の方がより徹底され、まさに指圧でツボを隈なく押されていくような心地よさが加わっています。それでいて、ただサクサク過ぎるだけではなく、「さがしながら」、「震えて」、「あなた」の「あ」、(2番の)「だわね」の「わ」などなど、歌詞カードのほぼ一行に一度は発音発声の聴かせどころがあって、主人公の女性の内面の襞が細やかに表出され、つい耳を澄ませたくなります。例の「んー」も実に女性っぽい鼻抜け声で、仄かな色気が匂います。最後に僅かにディミヌエンドがかかって終わるのも歌謡曲としてはレアですね。また、編曲/編曲者が原曲とは異なっていて、これがまたいい。あくまでも原曲の雰囲気/世界を保ちながらもまったく別の調べを鳴らす、真っ当な異編曲です。なかでも、前奏の、この曲の弱拍拍頭連唱の構造を直前予告するかのような弱起単連奏動機の反復と、中サビ前の三連符の連続音動機が、必然的かつ魅力的です。
注2…原譜がどうなっているのかは不明です。ある程度の線を予測してこう書いています。
「ごめんねなんて(言ったわ)」も地味な聞きどころ/比べどころです。祝友子はここをインテンポで通り過ぎ、ピュアな拍頭複連唱を聞かせ、潔いです。その逆に、リズムを「ごめんね…、なんて」という具合にまでかなり崩すカバーがあります。「まるで台詞のよう」「言葉を大事にしている」ともてはやされそうな仕方です。が、この「ごめんね」は、一人語りで私情を吐露する中で相手の声の方を回想しているのであり、自分自身の台詞ではないのですから、芝居がかり過ぎてはおかしいでしょう。その点、本家西島三重子の「..ごめんね.なんて」とする一瞬の間(ま)は、一人称歌の語り口として相応しいと感じます。
また、カバーの中にはいくつか、どうしたことか、テンポの遅いものがあり、解せません。本連載で通底して伝えている(いく)、三連連唱歌のそれとしての一番の魅力は、その「パワフルな畳み掛け」にあります。「速いけれども軽く通り過ぎはしない」ところです。たとえ個々の例では原曲自体も遅い場合があるとしても、類的特徴としてはそう言えます。そもそも、テンポをただ遅くすれば、より気持ちを込められる/歌詞を大事に伝えられる、という考えがあるとすれば、まことに浅はかな発想です。加えてこの曲の場合、上述したように、電車に乗って景色の走馬灯を目にしている、というこの歌詞の本質を横に置いた時点で、歌詞を大事になどしていないことになります。すなわち「池上線に揺られ」ていない。言葉が嘘になってしまうのです。もちろん、遅く走る電車もあろうし、遅いテンポによるすばらしい歌唱・演奏の可能性までを否定してはいません。が、美とは「美しい」という直観が先です。速かろうが遅かろうが、けっきょく良ければ良くさほどでなければさほどでない、ということでしかない、といえばそうなります…。が、それでもその辺りの“後付け説明”をあれこれ綴りたくもなるもので、こうして書いています。
とここまで書いてきて、ふと思い浮かびました。…あるいは、研ナオコが歌えば、スローな「池上線」もきっといい歌になるのではないか…。
西島三重子
https://www.youtube.com/watch?v=DbtjS_tU92A
祝友子
https://www.youtube.com/watch?v=YaD32OmHUQo
☆☆☆☆(拍頭連唱歌、切分連唱歌)
拍頭単連唱または拍頭複連唱を多く含むもの。
長さ10以上の連唱を含むもの。
切分連唱や切分準連唱を多く含むもの。
↑これは採譜例です。「原譜」(があるとしてそれ)は不明なままの、あくまで一例です。歌なので本来は符尾を非連桁にすべきですし、拍子も採譜としての可能性の一つに過ぎません。その辺りご了承頂きたく…。
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