結婚とか、子どもとか、2回目とか。
「っらっしゃいっせ〜!」
威勢のいいかけ声を浴びながら、濃いグリーンのパンプスを脱いで下足箱に入れて、奥のお座敷を覗く。そこには30人くらい、すでに集まっていて、ざっと見ても誰が誰なのか全然わからない。
「山川...?」
いつの間にか、隣にいて声をかけてくれたのは、林くんだった。
「わぁ、林くん。よかった、久しぶりすぎて誰がいるのかわからなくて…」
「オレは変わっとらんだろー。相変わらず、イケメンやからなー。」
「ハハ!うんうん、自分で言っちゃうとことか、相変わらず。」
笑いあっているとそのうちに、
「りょうちゃんじゃん!」
「おぉー、林ー!」
と、沙和ちゃんや藤田くん、高田くんも。
全然変わらない子、面影がなんとなくある子、誰?って子も、たくさん揃ってきていた。何年ぶりなんだろう。
「山川、おまえって今、こっちいないよな?」
「うん、大学からずっと向こう。昨日実家帰ってきて、明後日にはまた帰るよ。」
「えー、こっち帰ってこんの?」
「あ!わかった!彼氏おるんやろ?」
「彼氏...。まぁ...一緒に暮らしてるよ。」
ちょっとだけ濁した。何となく。
「うっわ!同棲!?えーっ、どんな人ーっ!?」
「なんだよ、リア充かよー。」
「高田、ドンマイ。」
「結婚するの?」
地元の子たちはちょくちょく集まっているみたいで、テンポよく会話が勝手にとんでいく。
「あ、菜月ちゃん結婚したんだって。」
「見てよ、これ、俺の子。」
「あいつ、進藤、バツイチらしいよ。」
そうだよね、30だもんね...。結婚とか、子どもとか、2回目とか、そういう年齢だよね…。
ハイボールのジョッキの汗を、指でなぞりながら、周りのザワザワに一瞬取り残されたような気がして。ボーーン…と水の中みたいに。
つーっと滴が落ちていく。
「─ちゃん。ねぇ、りょうちゃん!」
「ん?あ、沙和ちゃん。」
「りょうちゃん、どした?ぼーっとして。」
「あー。えと、酔ったかな。」
「ねぇ、りょうちゃん。さっき言ってた話。一緒に住んでって…、気になったんだけどさ。」
沙和ちゃんは、昔から勘がいい。
「彼氏...、じゃない、の?それって...、その、そういうこと?」
そういえば、中学のころも、沙和ちゃんとの学校帰りは、二人で正直で切実な話をしていた。
全然、会ってなかったのに、やっぱり沙和ちゃんは変わらない。じっと私を見るその目、この目には誤魔化しが効かない気がしてくる。
ピコンッ!
『荷物届いてました。服?』
かおるくんから、ダンボールの写真とメッセージが届く。夏服を買ってたんだった。
『ありがと。夏服〜。今、同窓会だよ🍻』
沙和ちゃんと並んでセルフィーを撮って送る。
「かおるっていうの。年下で。」
「なるほどね〜。私はいいと思う、りょうちゃんが幸せならそれで。やっぱ、好きな人と一緒にいるのが一番いいって思う。」
「ありがとう。なんか、結婚とか、子どもとかってそういう年齢なんだなって思ったら、ちょっとね。考えちゃって。」
「まぁね〜、こっちは田舎だからね。ご近所のこと何やかんや口挟むおばさんたちおるしね。」
そう言って沙和ちゃんは、生ビールをグィッとあおる。見かけによらず男前な飲みっぷりに、急に懐かしさが一気に込み上げて泣きそうになった。
「こないだなんてさぁ~」
沙和ちゃんは「ご近所のおばさん」話を、声色まで変えて話はじめ、それが可笑しくて笑いながら、やっぱり涙が出た。
📦📦📦
ピコンッ!
りょうこさんから、友達と楽しそうに呑んでいる写真が送られてきた。やっぱり、りょうこさん...
『かっ、かわいいですっ!
あ、あまり飲みすぎないでくださいね。』
同窓会かぁ...。
僕は、もうきっと行くことはないだろう。行って根掘り葉掘り聞かれたり、あれやこれや説明するのは、考えただけでもゾッとする。
今を生きる、そう決めたんだし。
普段は飲まない「ほのよい」の缶を、プシュッと開ける。一晩離れて過ごしただけなのに、写真で見たりょうこさんは少し遠く感じて、これはもう、飲んでフワッとコロンと寝てしまったほうが、精神衛生上いい気がしたから。
二次会…とかあるんだろうか。
行くのかな。
あぁーダメだダメだ。
なんか映画でも観よう、面白そうな、りょうこさんの好きな…。
ティロリロリン…リロリン…ティロリロリン…
ん?着信??
「かおるくん?来て。」
「え!?りょうこさん、今どこですか?」
「ここ。」
いつものりょうこさん。酔うと僕を呼ぶ。
いやでも、さすがに遠すぎる…、と思っていると
「冗談。今ね、同窓会から帰るとこ。かおるくんの声が聴きたくなっただけ。家に着くまで。
かおるくん、何してたの?」
外の音と、はずんだ息。りょうこさんの声。
「りょうこさんのこと考えてました。」
「ふふふ。心配してた?」
目の前にいるみたいに、いつも通りのりょうこさん。でも、目の前にはリビングの、CMばかり流れるテレビがついているだけだ。
「かおるくん?」
「今、映画観ようとしてたんですけど、なんか選べなくて。りょうこさんの観たいものならすぐに分かるんですけど...。」
「かおるくん…、それはさ、反則だよ。」
「反則?」
「私、声聴くだけでよかったのに、今すぐ帰りたくなってきちゃった...。そういうの、反則。」
「なんか、ごめんなさい…。」
嬉しくなった。
帰り道の暗さや、草だらけの公園や、自動販売機にクワガタのメスがいるとか、あーちゃん(りょうこさんの二つ下の妹)が長靴を落とした水路だとか、まるで隣で歩いているみたいな気分で帰り道を話した。
「今度、一緒に来ようね。」
りょうこさんは、無事に家に着き、僕は「ほのよい」を飲み終えた。
今度、一緒に。
今夜は、ほんのり酔って、このまま寝よう。
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