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チョコはおまけ。

西高東低の気圧配置で、今日は北風がふいて寒くなるって言ってたからよかった。
この冬に買ったコートは、しっかり暖かくて、雪もちらつかない先月までだったら、着ていられなかったもの。

「おはよ。10時に待っててもらっていい?」

かなこ

「おはよー。もちろんです。」

ショウタ

ショウタ君のバイト先へ行く道には、背の高いメタセコイアが並んでいて、冬枯れの裸木たちは、図書館にあったみたいな葉脈の栞みたいに美しくて。

歩き始めはぎこちなくて、そのうちに思い出したみたいに歩くリズムを掴んで、それは、どこか躊躇していた私を勇気づけるみたいに、足を前へと運ばせ、そのうち進むのが容易くなった。立ち止まる方が難しいくらいに。

会いたい。

もうすぐ会える。

こんなふうに、素直に彼の元へと歩いている私は、それでも、
「あ、パパ、これどうぞ。」
と、いつものリンツのチョコを渡して
「おぉ、バレンタインか。」
と、満足げな夫をいつも通り送り出す──
を滞りなく済ませたあとだった。

耳に蝶のピアス。唇の輪郭を整えて、髪は毛先までしっとりとプロダクトでゆるゆるとまとめる。

バレンタインコーナーの、いつもは並ばない煌びやかなチョコレートたちを、「特別な誰かに渡す」つもりで買うなんて、いつぶりだっただろう。

「手作りだったら嬉しいな。」

ショウタ

「そんなわけないでしょ。」

かなこ

手作り…してあげられたらよかったかな。
え、けど、それは重いでしょ。いたいでしょ。

すれ違う人は口元までマフラーをして、晴れているけれど空気は冷たくて。
私はもう寒がりだ。

🚲

バイト終わりの彼が出て来たのは、近づく足音の大きな歩幅でわかったけれど、
「かーなっこさんっ!」
と呼ばれるまでは、振り向かないでいた。
「おつかれさま」
と、振り返ってにっこり笑うまでを私は、用意してたから。
「終わったぁ〜!」
と、ぐーんと伸びをする彼のアゴの辺りの髭がうっすら少し伸びていて、出っ張った喉仏がやけに目立って、ドキッとして、目を逸らす。
シルバーの自転車を押して隣を歩きだすショウタ君は、いつになく饒舌で、夜中のお客さんとのやりとりを「ガチ」とか「ワンチャン」とか「ツんだ」とか、若者言葉でテンポよく話すから、私はそんな彼の声の中の「ねぇ聴いて」を思って嬉しくなる。
川沿いに差し掛かるころ、
「かなこさん、こっち。」
と、細い脇道を入ると、小さな祠と東屋のある公園があった。人気はないのに箒ではいて集めたような落ち葉の小山も脇にあって、きっと人知れず手入れされている小さな公園。
「こんなとこあるんだね。」
「知らなかった?」
「うん、知らなかった。」
「かなこさん、真面目ちゃんだった?」
「そんなこと、ないけど…。」

ふと高校の制服姿のショウタ君が、同じく制服の女の子の隣を歩いて、この公園に寄る風景が目に浮かぶ。ちゃんと青春してきたんだろうな、この子。
「ショウタ君、モテたんだろうね。」
「モテませんよ。」
「うそ。」
「本当に。」
そう言って自転車をとめて、ショウタ君は当たり前みたいに私を抱き寄せた。
彼のダウンジャケットの表面が一瞬ヒヤッとして、でもすぐに嬉しくて、私の体温と同じになった。とても会いたかったから、目を閉じた。
「ぎゅーーっ」
と、声に出して抱きしめるショウタ君がかわいくて、背中に回した手に力を込める。と、手に持っていた小さな紙袋を思い出した。

「あっ、そうだ。ショウタ君、これ。」
「わっ、チョコ?」
「チョコ。」
「…手作り?」
「ちがうけど。」
「けど?」

彼が私をここに連れてきたのは、やっぱり知っていたからかもしれない。この東屋の木の柵がちょうどよく二人を隠すことも、川の音がザーッと邪魔をして、結果的に耳元に近づいてささやきあうことが必然になることも。

「会いたかったから。」
「僕もです。」

薄い唇、奥二重の瞳、絡む狡い指。
「かなこさん」と呼ぶ声は、もう私の内側にある。熱くてどうにも、困ってしまう。

「あぁもう。毎日、バレンタインがいいな。」
「そんなにチョコが好き?」
「チョコはおまけです。」

風は冷たくて、私たちは寒がりだから、彼はダウンのジッパーを下ろして、私はコートごとすっぽりとおさまる。

チョコはおまけ。
会いたかった。
ただ、それだけ。



ショウタ君とかなこさんの
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