太く強く靱やかであれ。
カーテンの隙間からの光に目を覚まし、起こさないようにそぉっとベッドから降りて。
お湯を沸かし、ネギを刻む。油揚げとワカメ、味噌をとくと、ふんわり香る。卵を二つ、ボウルに割り、白だしとチャカチャカとまぜ、小さなフライパンにクルクルと焼く。
そろそろ起こす時間。
「…ぉはよー。いい匂い。」
起こす前に起きてきた、寝ぐせ頭で、眠い目を擦るりょうこさんは、オリオンビールのTシャツに下着姿で。
「かおるくん、私、ごはんちょっとでいい。」
朝の弱いりょうこさん。夜はあんなに元気なのに。
「だめですよ、ちゃんと食べないと...。」
「朝はホント、だめなの。」
そう言いながら洗面所に消えていく。
りょうこさんのお箸は水色、僕のは黄色。箸置きはこの前、二人で行った水族館で買ったイルカ。
猫舌のりょうこさんのお味噌汁はすでにお椀に注いで、湯気がふわふわたっている。
「…なんかムクんでる気がする。」
洗面所から戻ったりょうこさんが(寝ぐせもスルンと直っている)席につくと、軽めによそった白いごはんと、だし巻き玉子、きゅうりの塩こんぶ和え、味付け海苔を並べ置く。
僕の分は、向かい側の席に。
「いただきまーす。」
「はい、いただきます。」
「かおるくん、ごはん多い。」
「そのくらい食べてください。」
「ちょっとあげる。」
「あ、...もう。」
いつもの朝、今日は晴れて、暑くなりそう。
「りょうこさん、今日暑くなるみたいです。」
「......休みたい。」
「休みます?休んじゃいます?」
「嬉しそうね...。ダメだ、今日打ち合わせあるから行かないと。」
「...そぅ、ですか...。」
りょうこさんは仕事熱心だ。「休みたい」とか「辞めたい」とか「帰りたい」とか「もうヤダ」とか、しょっちゅう言うけれど、結局は行く。仕事中のりょうこさんは、ちゃんと、きっと、デキる女、なんだろうな。
「かおるくん、今日、私遅くなるかも。」
「『飲み』ですか?」
「んー、たぶん。打ち合わせ後、そのまま行く感じになると思う。」
「迎えに行きましょうか?」
「いいよ、大丈夫。」
二人分の食器を片付けて、モカブレンドの粗挽きを二杯分おとす。豆がぶわ〜っと膨らんで、コーヒーのいい香りが広がる。
「かおるくん、もう行くね。」
いつの間にか白のブラウスを着て、紺のパンツ、片耳ずつシルバーのピアスを付けながら、急にバタバタいそいでいる。
「え?コーヒーは?」
「んーー、ごめん、ちょっと時間ない。」
「...そうなんだ。」
慌ただしく玄関へ急ぐりょうこさんを追いかけて、やっぱり置きっぱなしになったスマホを渡す。あと、麦茶入の小さなドリンクボトルも。
「忘れ物です。」
「あー、ありがとっ。いってきます!」
受け取って、片手で僕にハグをして、いい香りを残したまま慌ただしく出かけて行った。
静かな部屋。
コーヒーを飲んだら洗濯をして、今日はシーツも洗おう。ベランダで朝顔の花が2つ咲いている。
☕️⋆꙳
「かおるくーん?来て。」
案の定だ。
案の定、りょうこさんは酔うと、僕を呼ぶ。
「どこですか?」と聞くのに、
「ここ。」としか答えないりょうこさん。
GPSアプリなんて入れたら飼い犬みたいだとりょうこさんは嫌がったけれど、やっぱり使える。
ちゃんと分かってる、こういう場面がくるって。何せ僕は、自称「プロのヒモ」だから。
「かおるく~ん、おそーい。」
同僚の佐々木さんにお礼を行って、すっかりできあがったりょうこさんを回収する。
「アイス食べよー?」とか「海行こ〜」とか、「花火したいねー」とか度々寄り道しようとするりょうこさんを、まっすぐに家へと誘導する。
「りょうこさん、帰りますよ。」
「かおるくんって、ホントつまんない。」
拗ねながら言う「つまんない」に、僕はもういちいち傷つかない。酔ったりょうこさんは、わがままで、口が悪くなるのはもう知っている。
ようやく部屋の玄関に入ると、僕の首にりょうこさんが手をまわす。
ギューッと絡まって、キスをする。
「ただいまー。」
「僕が連れて帰ったんですよ。」
「いい子いい子。」
「どうせ僕は、プロのヒモですからね。」
とたんに、りょうこさんが絡みつく。
ギューッと、力強く抱きしめられる。
「痛いです...。」
と離れようとする僕に、さらに力を込めてしがみつき、そして耳元で、小さな声で、こう言った。
「かおるくんはヒモじゃないよ。
かおるくんは、私の、命綱だよ。」
あぁ。それならもう。
僕は太く、強く、靱やかであろうと思う。
しっかりとした命綱になるって、決めた。
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