ねこみたいなものかもしれない。
二人でおやすみの日。
お昼ご飯を食べて、洗い物を終えて、ソファーでひとやすみしながら、お買い物リストを書いている。午後から買い物行こうねと言っていたけれど、さっきから隣に座ったかおるくんのあくびが止まらない。
ふぁ~っ と何度も何度も。
そうだよね、昨日はほとんど寝ていなかったみたいだもの。
「かおるくん、寝ていいよ?」
「ふぁ~...、大丈夫です、行きます。」
あくびのしすぎ、涙目でぼんやりした声で答えるかおるくん。
「昨日、眠れなかったでしょう?」
かおるくんのお仕事。
すみれさんの幼なじみの陽二さんがオープンさせる保護猫カフェの準備で、他の施設から引き取ってきた猫ちゃんが調子が悪く、昨夜は付きっきりでお世話をしていて、結局かおるくんが帰ってきたのは朝方だった。
6匹の保護猫を、施設から順番に引き取って、みんな順調に慣れていっていたのだけれど、最後の白猫・ミルクだけが、しばらくごはんを食べなかったのだ。
「白猫ってね、警戒心が強い子が多いから。ミルクもきっと、環境が変わったストレスだったんだと思う。なんとなくそんな目をしてたから。」
「猫の気持ち、わかるの?」
「いや、なんとなくそんな気がしただけ。」
それでも、あながちそれは間違いではなかったようで、ずっと程よい距離感を律儀に守って、本を読みながらそばにいたかおるくんに、ミルクはとうとう擦り寄って、カリカリを食べはじめたのが夜中だったのだ。
かおるくんらしい。
私だって、似たようなものだったもの。
📕📚
かおるくんとはじめて出会った日。
当時、職場の飲み会は彼氏と付き合いはじめてから二年、彼氏を優先するあまり、なんだかんだと断っていた。その彼氏に、二股をかけられていたことがわかって別れた私は、もう飲み会を断る理由もなくなった。
まっすぐ家に帰るよりは、今ではそんな誘いがありがたく「りょうこさんが来てくれるなんて!」と持ち上げられたりしながら、久しぶりに居酒屋チェーン店で若い子たちと飲んでいた日だった。
「あ、僕ハイボールで」
「私、生搾りレモンハイ」
「私はファジーネーブルで」
「俺、かち割り氷梅サワー!」
一杯目から、みんなのそんな細かなドリンクオーダーに、私だけ「生中で!」とか言ったのが、思えば、はじまりだったんだと思う。
私が新人のころの、先輩たちとの飲み会での雰囲気とはまるで違ってきているということに、ジワジワと気がついて、場が盛り上がっていくにつれ、ノリだとかテンポだとか話題だとかに取り残されていると実感してきていた。
そっか...、私。
もう先輩なんだ...。若くもないんだ...。
なんとなくいたたまれなくなって、外の空気を吸いたくなって、そろりとお手洗いのついでに店の外に出た。
ふと、煙草の香りがしてきて、通りの向かいに一人で座る若い男の子と目が合って、
「煙草ある?」
って聞いてみた。
「マルボロなら」
近寄ってスっと差し出されて、一本を咥えると、カチッと火をつけてくれた。
...フゥーーー
何年ぶりかに吸う煙、クラっとくる。まともには吸えず、半分吸い込んだ新鮮な酸素と紛らせる。
それでも、なんだか私は、今夜は自由なような、何かしら解放されたような気になっていた。
「おねえさんは飲み会ですか?」
煙草を差し出してくれた男の子が、ぼそっと聞いた。
「職場の若い子とね。いつの間にか私、歳とっちゃってたわ。いやになるね。」
笑ってそう言ったのに、男の子はじっとこっちを見たままで。二人だまって煙草を吸ううちに、
「散歩しませんか?」
と、灰を落としながら男の子が言った。
「いいね。」
そのまま私は、飲み会の席から引き上げて、いっそみんな分の会計を済ませ、煙草の彼と、夜の路地を歩き出した。
何も話さずに、二人並んでただの散歩みたいに。
夜風がすーっと通って、街灯が大人っぽくて。
「気持ちいいね」
「うん、気持ちいい」
そんなようなことばかりを、ポツポツと話したのだったと思う。少年みたいな横顔の男の子は、速くもなく遅くもなく、ずっと隣を歩いていた。
「うちに来る?」
なんでか本当に自然にそう言ってしまっていた。
「もし、よければ」
「もしよければ」
顔を見合わせて、二人同じ言葉を、言い合った。
思えばまるで、保護猫と出会うように、私たちは出会ったんだった。
📚📚
スースーと寝息をたてはじめたかおるくんを、ソファーにそのままそっと横たえて、イルカ柄のタオルケットをお腹にかける。
少年のような寝顔。
ミルクにヤキモチを妬いた昨夜のせいで、こんなにも無防備な寝顔が、たまらなく愛しくなって。
前髪を指でなぞり、おでこにそっとキスをする。
あなたといるときの私が好き。