打ち上げ花火より心臓に悪い。
シャワーから出て、ほかほかシャンプーの香りのするりょうこさんは、エアコンの効いた部屋の全身鏡の前で浴衣を着始める。
「自分で着るんですか?」
「そう...、浴衣くらいはね...。ねぇ、かおるくん、ちょっとここおさえてて。」
口に紐のはしを咥えたり、トントンと襟だか端だかを整えたり、まるで贈り物のラッピングをするように、りょうこさんは浴衣姿になっていく。
「よしっ、と。」
オリオンビールに下着姿(もしくは生まれたてスーツ)か、パリッとビジネスカジュアルな普段のりょうこさんとはまた違う、和装のはんなりな姿に、見蕩れてしまう。
「きれい...」
「ふふ、ありがと。」
髪を簡単にまとめ、ツンと刺したかんざしに、赤い硝子玉がゆらゆらゆれて。
「かおるくんも浴衣着たら似合うのに。」
「いや、僕は。」
近くの花火大会に、散歩がてらふらっと行くつもりで誘ったけれど、思いの外、りょうこさんは張りきって、白地に紺の朝顔柄、藍色の帯が大人っぽくて。
「かき氷食べたいなー。」
「僕はたこ焼き食べたいです。」
いつもより小股なりょうこさんの、下駄のカラコロがかわいい。転びそうで手を繋ぐ。
ドーンッ!!
初発の花火の音がして、人々の流れは川沿いへと向かう。色とりどりの浴衣、ピカピカ光る出店のおもちゃ。
と、りょうこさんが立ち止まり、スッと僕と繋いだ手を離す。
「リョーコ!?」
「...こんばんは。中西さん。」
スーツを少し着崩した、長身な男が立っている。
「へぇ、誰かと思ったわ。いいじゃん、浴衣。」
「ありがとう、ございます...。」
誰?こいつ。
「リョーコにもそりゃー、プライベートくらいあるよな。じゃな、また頼むよ。」
「中西さんも、家族サービスしてくださいね。」
中西...。こいつ、誰だ。
そのまま、スッと自然に手を繋ぎなおすりょうこさんの顔は、ちょっとだけムッとしたみたいに見えたけれど、
「かき氷、かき氷♪あ、ねーかおるくん、金魚すくいとかしちゃう??」
とグングン歩き出す。
あの人、誰?
って聞けずに、ブルーハワイのかき氷で舌の青さを見せあって、ドーン!と打ち上がる花火の下へと急いだ。
ドーン!!
パーン!
パラパラパラパラ...
赤、緑、青、金色。
「かおるくん!私、あの金色がいい!!」
「きれいですねー。」
「見てる?ちゃんと。」
「見てますよ。」
ちゃんと見てます。
りょうこさんの、横顔。笑う顔。ちょっと何考えてるかわからない表情も。
「中西ってだれ?」って聞けたらな。
打ち上げ花火はクライマックスをむかえる。
ドンドンとジャンジャン打ち上がり、あたりから、わぁ〜!っと歓声があがる。
「かおるくん、そばにいてね。」
ギューッと手を引き寄せて、花火を見上げながら、りょうこさんがそう言った。
僕は、よくわからないけれど、握り返す。
強く、優しく。
「りょうこさん、好きです。」
「知ってるよ。」
急にちゃんとまっすぐ目を見て言う、
りょうこさんは、
打ち上げ花火よりも心臓に悪い。