ヤンキーの先輩に呼び出されたのは神社で。
プルルルルルル…プルルルルルル…
受話器をとると、同級生のカナだった。
「もしもし柊ちゃん?カナ。今から神社に来て。
マサシ先輩が呼んでる。」
「え?今?なんで?マサシ先輩 !?」
「うん、いいから来て。」
マサシ先輩は2個上で、8人くらいからなる不良グループの1人。カナはその不良グループのトップ、シン先輩と付き合っていた。
すごい、嫌だ…。めっちゃくちゃ、嫌だ…。
でも、そんな呼び出しを、断るなんて怖すぎて、できるわけない。中1から見る中3の先輩なんて、しかもヤンキーだなんて、恐ろしすぎる!
呼び出し係のカナだって、彼らに何されるかわからない。
夕方の再放送のドラマをのほほんと見ていたのに、急に尋常じゃなくピリついて、重い気持ちのまま、しぶしぶ神社まで歩く。徒歩10分。
当時、その神社の裏手は人目につきにくい不良グループの溜まり場となっていて、タバコを吸ったり、彼女とイチャついたり、気に食わない後輩を呼び出したりする場所だった。
なんで私が…何かした?
マサシ先輩?なんで?話もしたことのないのに。
嫌すぎる。着いてないのに、もう帰りたい...。
恐る恐る神社の裏手へ行くと、カナが待っていた。ケープで前髪を固めた、かわいいカナ。
「ごめんね、柊ちゃん。
マサシ先輩が呼んでって言うからさぁ。」
奥には不良の先輩たちが何人かタバコを吸っていて、その中にマサシ先輩もいた。
「ほらぁ〜、マシャ、柊ちゃん、来たぞー」
「ごめんねぇー、柊ちゃーん、コイツがさー、
話したいんだと」
怯えた私を、双子のヤンキーのジュンヤ先輩とマコト先輩が、優しい口調で、おいでおいでと手で招いて、和ませてくれる。
「あ。ちょっと、そっち行こうか...」
とマサシ先輩が指さすと、
「マシャ、変なことするなよ〜。
柊ちゃん怖がってんじゃん、可哀想に。」
と奥にいた先輩たちがヤジったりして。
「んなことしんわっ!」
マサシ先輩は、神社の境内の階段に座り、私も座るように隣りをトントンとして、私も戸惑いながらも少し離れて隣りに座る。
学生服は、短ランにボンタン。眉毛は細く、前髪はツンツンに立てたマサシ先輩は、目が細く、二枚目というより三枚目みたいな感じだった。香水の匂いがする。
「柊ちゃんさ、好きな子おる?」
え。
「俺さぁ、あと3ヶ月で卒業やん?なんか最後にいい思い出作りたくて。俺、アメリカ行くからさ、卒業したら。その前に、思い出作りっつーか...。柊ちゃん、俺と付き合ってくれん?」
え。
「私…ですか!?」
え?私?なんで?思い出?なんの?先輩と?
#なんのはなしですか ?
「だめ?」
首を傾げて覗き込む先輩は、ちょっと笑顔で、えくぼができて、甘えたような言い方をした。
「だめっていうか…その…。先輩、と、えっと
全然、しゃべったこともないですし…。」
「じゃ、しゃべろ。」
え。
いや、そういうことでは...。
何?なんで?なんで私?
怖いよー。ヤンキーと付き合うとかムリだよー。
帰りたいよー。カナ、助けて…。
「好きな子おるの?」
いるっちゃーいたけど、そんなの言えない。
先生だし、女だし、絶対言えない。
なんで私?帰りたい…。
「ぃぇ...」
マサシ先輩は、ちょっと近づいて、私の手を取る。熱い手、大きな手。そういえば、マサシ先輩は野球部だった気がする。香水の匂いがする。
「おいっ!こら、マシャ、
変なことするなって言ったろがぁ!」
後ろから、ジュンヤ先輩がきてくれて助かった。
不良グループの中でも、ジュンヤ先輩はいつも紳士だ。不良グループと仲良くしているけれど、バスケ部で、ガードで、優しい先輩だった。ずっと付き合っているかわいい彼女さんがいて、その彼女さんはバレー部の優しい先輩だった。
結局、その日は
「また考えといて」
と言われて、カナに送ってもらって帰った。
「柊ちゃん、どうすんの?」
「え、ヤダよ。
マサシ先輩、しゃべったこともないんだよ?」
「だよね。思い出作りって、ね。」
「ね、思い出作りってね。」
「カナは、なんでシン先輩と付き合ってるの?」
「んー、あの人ね。
カナのこと、すっごい好きだから。カナには、 めっちゃ優しいんだよ、あぁ見えて。」
「...そうなんだ」
小学校のころ、お互いの家でよく一緒に遊んでいたカナが、なんだかすごく大人になっちゃったみたいだった。「付き合う」かぁ...。もうカナは、シン先輩と、その…しちゃってるんだろうか...。そうかも...。そうなんだろうな...。
いやいや、でも、私は、ムリ。
マサシ先輩と?
全然、ムリ。絶対、ムリ。
数日後、同じように神社に呼び出された私は、
「...ごめんなさい。思い出作りできません。」
とビクビクしながらも、正直に告げた。
「わ〜、フラれちゃったか〜!!!」
マサシ先輩はわざとらしく大きな声でリアクションをして、その声を聞いて、先輩たちがわらわら
「フラれてやんのー!」
「そらそーだわ、マシャー」
「柊ちゃん、正解!」
「やめとけやめとけー!」
と、冗談にして、笑ってくれた。
不良で怖い先輩たち、としか見ていなかったけれど、なんかすごい優しい人たちだった。
散々みんなに小突き回されたマサシ先輩は結局、
「いい!俺は、もうアメリカでヤりまくる!!」
と叫んでいた。
無事に断れてよかった。。。
⛩
薄紫色の、のぼりがハタハタとなびく。
あの神社の夏祭りは、今週末。
かつてのヤンキーが今では、頼もしい消防団員や自治会役員になっている。
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