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『急募:当方集合住宅住み。夜に周りにバレず鉢を割る方法』と訊きそうになった話

 世の中には後回しにして良いものと良くないものという区分がある。
 例えば水道局から給水停止通知書が届いたら、後回しにするとマジで水道が止まってシャワーもトイレも使えなくなるため、自宅に帰って生活をしているなら早急に対応したほうが良い。
※一応、給水停止作業をする前に、家のチャイムを押してくれる最後通牒はあるが、その時に留守だったり応対しなければ問答無用で作業は行われる。   
 しかし、そのような『早急にやらなければいけない、しないと生活に支障がでる』と意識できているものに比べて『やらなければいけないけど生活に支障が出るわけではないし、緊急性があるわけではない』ものは、上記の緊急性のあるものや日常に流されて後回しにされがちだ。

 私にとって観葉植物の植え替えはそのような立ち位置だった。

 『植え替え』とは、成長した植物を新しい土や植木鉢に植え替えることを指す。特に観葉植物はだいたい1・2年ごとにした方が良いとされているようなのだが、植え替えに適した季節だの適した多さの植木鉢の用意だのと準備が必要になる。
 そのため、植え替えを思い立った時に適した季節じゃなくて先送りにしたり、準備がめんどくさかったりなんだりで恐らく4年ほど植え替えをしていなかったのだが、ようやく時間とやる気とその他諸々の用意ができ、植え替えをすることにしたのだった。

ガジュマル。奥にあるのはモンテスラ。

 着手し始めたのは19時ごろ。
 植え替えする場合は、少し前から水を与えず土が乾いた状態でやるべきらしいが、うっかり前日に水をやってしまっていた。
 しかし、モンテスラの方は問題なくスムーズに植え替えが出来たため、大丈夫だろうとガジュマルの植え替えをし始めた。

ガジュマルの鉢の底

 植え替えをするタイミングの目安は土に水が浸み込まなくなったり、葉の色が良くなかったり、鉢底から根が出ていたら、らしい。
 いつから根が出ていたか全く分からないが、この様子なら植え替えのタイミングとしてはピッタリか限界ギリギリだったのかもしれない。
 やる気と物理的な準備が整って良かった、などと思うのは他人事すぎるだろうか。

 この写真を見て、「これがガジュマル?」と思う人も多いかもしれないが、気持ちはとても良く分かる。
 ガジュマルと言えば、時々SNSで話題になるようなセクシー人参のような、むちむち丸々枝分かれした部分が特徴だろう。

太く膨らんだ部分は気根というらしい。

 このガジュマルも以前はそのような気根を持っていたのだ。
 しかし、初めて観葉植物を買った私は張り切って水をあげ過ぎ、根腐れを起こしてしまった。
 むちむちとした根の中はもう取り返しがつかないほど腐っており、そこを切除することでなんとか生かすことが出来たのだ。
 もうあのむちむちまるまるとした部分は無いけれど、過去の私が頑張った証拠のようなものである。

 閑話休題、植え替えに戻ろう。
 そのまま幹を持って引き抜けたら楽だったのだが、前日に水をあげてしまったせいか根が成長しすぎているせいかビクともしない。
 面倒だが、鉢の中にある土を出来るだけ手で取り除いてガジュマルを引き抜くことにした。

 けっこうしっかりした根が複数生えていたため土を攫うのにけっこう手間取ったが、けっこう深い所まで取り除けた。
 これなら鉢から引っこ抜けるだろうと、右の方に写っている根にも指をかけ、力を入れた。

 抜けない。

 いや、全力で引き抜こうとしたわけではない。
 幹はそこそこしっかり太いが、成人女性の全力に耐えられるわけが無い。
 これ以上は折れそうというギリギリまで力を込めたのだが、ビクともしない。
 ふと嫌な予感が過ぎるが、まぁもうちょっと掘らないとだめかと考え直し、また指で土を除去する。
 土と言っても、ここに詰まっているのはハイドロボールという粘土を焼いた石だ。
 柔らかい土であったら、指先を土に差し込めばそれは少しだけ抵抗するだけで、第一関節、そして第二関節まで土中へ飲み込み、そして指を曲げながら引き抜くだけで、ほろほろと土塊は崩れながら掘り返され、あっという間に穴が出来上がる。
 しかし、鉢に詰まった石は指の侵入を容易に許さない。
 ただ指先を立てたところでジャリッと石と石が擦れる音がするだけで、指先で掻いたとて嵌ってしまった石は外れず、ただ石を撫でただけで終わる。
 石と石の隙間に爪を立て、少しずつ少しずつ、掘るというよりは剥がす感覚で、少しずつ少しずつ、指先で探り進める。
 細い根に絡まったその塊も、それが土ならば、指先で摘まんで力を少し込めるだけで細かく崩れ、根をあまり傷つけずに済むだろう。
 それが石ならば、四方八方からへばり付いた細い根は、無理やり引きちぎるか、丁寧にゆっくり剥がすしかない。
 絡まった髪の毛の縺れを梳かすように、根の元からゆっくり指を通し、絡まったそれを少しずつ解きながら、石を指先で転がすように動かし根から剥がす。
 すこしずつ、すこしずつ、丁寧に、ゆっくりと

 なんかいるな???
 いや、知らん知らん知らん。知ってるけど知らん。
 このガジュマルは本当に枝みたいな形状からここまで成長したのだ。
 え、気根って復活するの?

 見間違いかと思って、気根っぽい所の周りを掻き分けた上で水もかけてみた。
 本当に気根っぽい。

 え、本当に気根って復活するの???????

 良く調べてみると、ガジュマルの気根自体は幹を支えるために細い状態で普通に生えて、それが土中で太く成長するのだという。
 だからむちむちまるまるは作ろうと思えば全然できるのだという。

 へー!!!

 もう見ることが出来ないと思っていたうちのガジュマルのふっとい気根を見ることが出来るなんて!
 喜ばしいことである。植え替えして良かった――――!!!

 が、待ってほしい。

 掘れる場所が無え。

 周りの小石を外そうとしても爪先も引っ掛けられない。
 むっちむちに成長しすぎてしまって、この周りも奥も掘れなくなってしまっていたのだ。
 しかもこの植木鉢、細めでくびれている鉢なのだ。

 もしこの気根がこのくびれに沿う形に成長していたらどうしよう。
 さっきビクともしなかったのは、この気根が鉢の中ではち切れんばかりに膨れていたからだったら?
 引き抜くなんてことが出来ないほど内側が鉢の形に固定されていたらどうしよう???

 もしそんな状態なら、引き抜くためには気根を切除しなければいけない。  
 しかし、せっかく成長したまるまるむちむちの気根を切り離したくなんてない。
 それでも植え替えはしなければならない。

 ならばどうする?




 鉢を壊すしかないじゃない。

 とはいえこの植木鉢、そう簡単に破壊できそうな薄さの陶器ではない。
 食器くらいの薄さであれば、胸元くらいまで持ち上げてそのまま落とせば割れるだろうし、それにより生じた音や衝撃がご近所さんに伝わったとしても、1回だけなら大して気にもされないだろうし大事にもならないだろう。
 もし音の正体について、心配になったご近所さんが訪ねてきたとしても「手を滑らせて食器を落として割ってしまった」で十二分に言い訳できる。
 が、この植木鉢は頭上に振り上げて床に投げつけても割れないのでは? と思わせるほどの厚さと重さをしている。
 ベランダから路上へ植木鉢を落とせばさすがに壊せはするだろうが、確実に騒音と呼べるほどの音が近所に響きわたり、なんだなんだと顔を出してくる方々の衆人環視の中でガジュマルを回収しに行く度胸は私には無く、また落下の衝撃でガジュマル自体が折れたり、根がひどく傷ついてしまうかもしれない。
 なにより、植木鉢を落とした時に偶然階下の人が頭を出したら、落下地点に人が不運にも通りがかったら?
 
元々ほぼ選択肢にも無かったが、文章にする上で改めて考えてみたが本当に無理。
 
しかしながら、だったらこの植木鉢を、こんな夜に、近所に迷惑を掛けず、どう壊せばいいのか、私には全く思いつかなかった。
 自分にわからないものはどうすればいいか? 調べるか聞けばいい。私達には箱も板もある。

 とはいえ、実際調べてみると『夜の集合住宅内の一室で鉢を破壊する』ことは想定されていないようで、ハンマーや手斧で壊す方法しか出てこなかった。まず道具の問題か……。
(鉢から植物が引き抜けなくて困っている人はたくさん観測できた。同士よ……!)
 時刻は既に21時近く。今から買いに行けるホームセンターも無い。
 かくなる上は私の状況をきちんと説明したうえで質問を投げかけるしかないが、X(旧Twitter)・Yahoo知恵袋・5ちゃんねる園芸板どれに質問を飛ばしても今晩中に返信が来る気がしなかった。
 現代のネットの海は広すぎて、『急募:当方集合住宅住み。夜に周りにバレず鉢を割る方法』に完璧にこたえられる知識を持っている人と数時間以内に出会える確率なんて、沖縄の海岸で新潟産の翡翠を見つける確率と同じくらいだろう。

 ぶっちゃけ今夜中に植え替えを完了させないといけないわけではないので、次の日にホムセンに行って手斧を買い、その日かまた次の日の昼間に植木鉢を壊せばそれで良いのだが、やりかけのものをそのままにしておくのはひっっじょーに座りが悪い!
 それに「明日〇〇しよう……」と思って入眠し、起きた時にそれを覚えていられる事のなんと少ないことか。
 すっかり忘れて夜になって思い出して「あーやらかした! でも今からは遅いから明日はしよう……」と心に刻んだとて睡眠時の脳内リセットは容赦してくれやしない。
 そんなことを繰り返して無為に自尊心を傷つけるよりは、今晩中に植え替えを完了させる方が良い。
 結局私は植木鉢の破壊は最終手段にして、成長した気根が植木鉢の内側でパンパンになっていない事を願いながら、少しでも土を除去し引き抜けるように頑張ることにした。

 改めて、植木鉢を逆さにして揺さぶって小石を落としたり、なんとか指が入りそうな部分を探す。
 探ってみると、上の写真の気根のほうはビクともしないが、幹の方は詰まっている石を除去していけばなんとか掘り進めそうだった。
 隙間が狭すぎて視認は出来ないので、手探りでひたすら小石を根から外し、ある程度外せたら植木鉢を逆さにして小石を落とす。
 ひたすら指を探り進めていくと、どうやらこの気根は鉢いっぱいに詰まっているわけでは無いようで、細く張り巡らされた根から土を外していくと、気根の下側に窪んでいる空間が出来上がった。
 気根で手前が塞がっているためせいぜい5cmほどの空間だが、もうこれ以上は爪先さえ届かない。
 これで引っこ抜けなければ、もう本当に鉢を破壊するしか方法は無いだろう。
 私は出来上がった空間に指を差し込み、ガジュマルの気根と幹を掴んで力を入れた。

 抜けた―――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!
 やった―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!

 疲れた……………………

 その後、一回り大きな植木鉢にガジュマルを植え替えをし、深夜の死闘は幕を閉じた。
 恐らくコンスタンスに植え替えをきちんとやっていたら勃発しなかった戦いではあったが、無事終戦を迎えたことを喜ばしく思う。
 次からはもうちょっと気をつける事にします。

 せっかくなので、このまるまるとした気根が見えるくらいの深さで植えた。
 土の外に露出しているから、これ以上この気根は太くならないのかな?
 残念なような安心なような、不思議な気持ちを抱えつつ様子を見ようと思う。

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