「#コスメ垢」について知っておくべき事
個人情報のなかでも、年齢はとてもパーソナリティに近い情報である。
他にあらゆる情報を知らなかったとしても、年齢さえ知ることが出来れば、その情報を発信する側がどのような経験を経てきたか、予想をする事が出来てしまう。さらに、性別、職業など他の個人情報も一緒に知られてしまったとしたら、その人のこれまでの経験など、ありもしない想像に思いを巡らせる事が出来てしまうであろう。
だからこそ、個人に関わる情報として、人は(特に女性は)年齢を明かしたがらない。それは現代人にとって、とても自然な防衛本能であるように思う。
しかし、SNS上ではこれが様相を変える。特にTwitterのような、バーチャルな人格であることも許容される世界では、リアルとは全く異なった常識が広がっているのだ。
リアルよりも精細なSNS人格
『コスメ垢』をご存知だろうか?試しに、Twitterの検索窓に『コスメ垢』と入力をして検索してもらいたい。(21)(22)や20代前半など、自分の年齢を公開するアカウントが、とても多くいる事が分かるだろう。
公開する情報は年齢のみに止まらない。まず男性は聞いたことのない、『イエベ』『ブルベ』というキーワードが目に留まる。これらのキーワードを聞き慣れない方のために解説をすると
イエベ...イエローベースの略。肌の色が黄み寄りの方のタイプを称する。黒・グレーの服を着た時にキツい印象が強くなりがちの人はイエベである可能性が高い。
ブルベ...ブルーベースの略。肌の色に青みの強い方のタイプを称する。黄味の強い、茶色の服を当てた時に、どこか疲れた印象が強くなる人はブルベである可能性が高い。
それぞれ上記のような意味がある。更にこのイエベ、ブルベだが、それぞれに2種類の分岐がある。そしてその分岐を『春夏秋冬』を使って表現する。
イエベ春...黄み寄りの肌の中でも、温かみのある明るい色合いが合うタイプ。
イエベ秋...黄み寄りの肌の中でも、深いオレンジやカーキなどのアースカラーが合うタイプ
ブルベ夏...青み寄りの肌の中でも、涼しげで柔らかい、パステルカラーが合うタイプ
ブルベ冬...青み寄りの肌の中でも、発色の強いビビッドな色が合うタイプ
この時点で既に、意識をしないと自分がどのタイプなのか?すぐには判別がつかなそうであるが、さらに日本人には「黄み肌ブルベ」と呼ばれる、一見イエベっぽいのに似合う服の色味はブルベ系、のようなタイプもいるとの事だ。この時点で既にコスメに興味のない層からしたら相当障壁が高い。
コスメ垢を自称するTwitterアカウントは、この4種+aの肌タイプをほぼ確実に入力している。これに加えて、職業(学生か、社会人か)や身長、デパートで販売されている高価格帯のコスメに興味があるか(デパコス派)、そして最後に、他のコスメ垢の人たちとの接点を生むために「#コスメ垢さんと繋がりたい」などの情報を、とても細かくプロフィール欄に入れている。
更に踏み込んだコスメ垢は、サムネイルに自撮りの顔まで公開してしまう。こうなってくると、そのアカウントについて知らない情報は、本名、住所、電話番号など、個人情報の中で最も秘匿性の高い情報くらいしか残らなくなる。普段の投稿を読み込めばそのうち個人を特定するための情報が出てきてしまうのではないか?と心配してしまうのだが、心配無用。Twitterを巧みに運用する彼女たちが、その最後の砦の門を開けることは決して無い。この鉄壁を守りつつ、巧みに投稿を続けているのである。
身の回りの人を見渡して、自分の知り合いの肌の色や服の好み、職業やどんな価格帯の商品を購買するか、知っているだろうか?同性であったとしてもここまでを知るまでには、それなりに親しい間柄にならないと把握し切れないと思う。そして、他人の情報ともなれば、マーケターはこれらの情報を調査費を支払ってでも収集したい貴重なユーザー属性そのものだ。それだけの希少性の高い情報が、Twitter上でちょっと検索をするだけで入手出来てしまうという事について、時代の変化を感じずにはいられない。
では彼女たちはなぜ、4,500万ものアカウントが登録されているプラットフォームに自分の情報を晒すのだろうか?
終わりなき情報収集の旅
コスメは奥が深い。仕事に行ったり、友達と遊びに行ったり、デートをしたり、いわゆるオンの時に自分のすっぴんを隠し、装うという行為のための道具に留まらない。
コスメ垢によるTwitter投稿を見てみると、実に多くのポイントを抑えて商品を手に取っている事が伺える。例えばファンデーションの場合。化粧をした時の状態を保つための「キープ力」はもちろん、自分の肌の色に馴染む「色味」か、素の肌に極力ダメージを与えないための「保湿成分」を含んでいるか、もちろん、日常的に使用するので「価格帯」も重要な検討要素だ。更に事を複雑にしているのは、肌質や色は先述の通り人それぞれなので、人によって最適なコスメはそれぞれ異なるのだ。
これら機能的価値が常に要求されるのはもちろんのこと「毎日使うものだからこそ、それを使う瞬間はより特別なものであってほしい!」という心理的な価値もコスメにおいてはとても重要だ。容器が可愛かったり、自分が大好きなセレブリティが愛用しているか、広告上のコミュニケーションは自分のコスメ利用の欲求を満たす世界観になっているか?これら心理的価値も幾多あるコスメの中からひとつを手に取る時の検討要素として重要だ。
これらの機能的価値、心理的価値について、実際に自分で利用をして比較検討を出来るほど現代人は時間にも経済的にも余裕がない。しかし、様々なコスメを出来る限り吟味して自分のお気に入りを見つけたい。これらの両立しない2つの課題を達成するために、コスメ垢たちは自分の人となりを明らかにしてお互いに情報を提供し合うのである。
以下は、とあるコスメ垢のプロフィールと、彼女のTwitter タイムラインから特定の1週間を抜き取った、コスメにまつわるジャーニーである。
まずはひとつめ。これは1日におけるコスメ情報収集の深度、頻度の大きい、かなりディープなコスメ垢の行動である。
スクショメディアからの情報収集や、ひたすらコスメの廃盤情報を投稿するアカウントの情報RTなど、普段コスメに関連のないユーザーからするとその存在すら興味深い情報源から収集している事が分かるだろう。
それらの情報源の特異さも去る事ながら、より注視すべき行動は、彼女たちがPeing(質問箱)やマシュマロなどのサービスを用いて、自発的にコスメ情報について情報収集をする小規模・無料のコミュニティを形成している事である。
次に、1週間のコスメ情報に関する投稿が半分程度の、もう少しライトなコスメ垢の行動も見てみよう。
コスメに関する情報は半分程度だが、それ以外の可愛いものへの興味は深い。そして、そんなライトなコスメ垢でも、付録で入手したコスメについて、利用後の感想をTwitterに投稿している。
コスメ情報はGive & Takeの精神が、どんなコスメ垢にも宿っているようである。
先述の通り、コスメは奥が深い。機能や感情的な価値はブランドや価格帯によっても様々だ。さらに、国内外のトレンドも目まぐるしく変容している。そのような業界の中で、コスメ垢同士でも情報は常に循環をしている。自分にぴったりのコスメを探し続ける、終わらない旅の道しるべをずっと提示し続けているといっても過言ではないだろう。
筆者のような部外者から見れば、どれも同じコスメ垢なのであるが、同じコミュニティの中では、例えばリーズナブルな価格帯のコスメを愛用する『プチプラ派』や、特定のブランドへの愛を語り続けるアカウント、小さな子供を保育園に送り、時短で勤務する日々に終われるママたちなど、それぞれの環境、課題は様々である。それらの細分化されたクラスタそれぞれのニーズを汲み、互いの情報を提供し合い、助け合う絆がコスメ垢同士には定着しているのである。
与える事で得られる社会の可視化について
元Wired編集長、現3D RoboticsのCEOを務めるクリス・アンダーソン氏がフリーミアムについて語ってから、もうすぐ10年になる。
10年前といえば、iPhoneが爆発的にシェアを伸ばした3GSの発売が開始された年。基本無料で遊べるソーシャルゲームのブームの走りであった「怪盗ロワイヤル」がサービスを開始された年でもあり、一方で大量に流出する違法コンテンツに対する規制法として「ダウンロード違法化」についての改正著作権法が成立した年でもある。
その頃から、企業からのサービス提供のかたちは変わり始めていた。まずは無料で体験、というキャッチコピーはモバイルサービスを皮切りに至る所に現れた。しかし、当時は主に企業→個人へのサービス提供がこのフリーミアムの基本であったであろう。
あれから10年。例えばコスメ垢と言われるコスメへの知識、情熱の深いクラスタは、それだけでは無くなった。あらゆる基本無料のサービスを使いこなして、貴重な情報を他のユーザーに届ける事が出来るようになった。個人の発する情報の価値、希少性、コンテンツとしての有用性は10年前とは比較の出来ないほどに成長したのである。
そのような状況で、互いに希少な情報を提供し合い、コスメトレンドを補完し合う関係である彼女たちにとって、年齢など、SNS上ではただの記号でしかない。自分が愛するコスメと、それを愛する同士にそれを表明する事で、お互いを理解し、愛情を深めあう事が出来るのである。
個人による発信の尊さ、強さ、意義深さを理解するユーザーにとって、「年齢はあまり知られたく無い情報だ」という慣習は彼女たちの行動を妨害する楔にはなり得ない。むしろそれすらも人に主張すべきアイデンティティとする事で、より深い共感を得るための武器として使いこなしているようにすら見える。