レポート⑨【シリアのベドウィンの暮らしとレバノンの難民支援】
記事をクリックして下さりありがとうございます!学生ボランティアスタッフの萌です。
9/18(金)に開催された、シリスタ第9回目【シリアのベドウィンの暮らしとレバノンの難民支援】のイベントレポートをお届けします。
第9回目は、写真家の𠮷竹めぐみさんと、特定非営利活動法人パルシック(PARCIC)の大野木雄樹さんにご登壇いただきました!
目次
・シリアの遊牧民、ベドウィンの暮らし
・レバノンからみたシリア難民支援
シリアの遊牧民、ベドウィンの暮らし
まず、写真家の𠮷竹めぐみさんから、シリアの遊牧民、ベドウィンの暮らしをお話ししていただきました!
𠮷竹めぐみさんは、15歳の時に観た映画「アラビアのロレンス」より、砂漠の世界に魅了され、写真でアラブ世界を表現することを目指したそうです。
そして、1995 年からは 17 年間、シリア沙漠に住む遊牧民ベドウィンの同じ家族を撮影し続けています。
因みに、シリアのさばくは「砂漠」ではなく、「沙漠」と書くそうです。
この沙漠は、平で乾燥した場所に石があり、草原が生茂る、ステップ気候の地域を指すそうです。
知りませんでした!
そのため、ベドウィンは年1回大移動します。理由は、主に飼っている羊がエサである草を根っこから食べてしまうため、冬の居住地と夏の居住地、約100キロを移動する生活を送っています。
𠮷竹さんは15歳の頃から夢見た沙漠で、ベドウィンの家族たちとようやく生活をできるようにもなったのに関わらず、いざ初めてみると、慣れない沙漠での生活に心が萎えてしまいました。早く街に戻りたいと思ってしまったとのこと。
しかし、ビザ更新のために10日ぶり町に戻ると、なぜか町は綺麗に思えなかったそうです。
その時、青い空のあの広い沙漠の方が、よっぽど綺麗だと気づいたとのことです。
そしてとたんに寂しくなり、ベドウィンの家族に会いたい、一緒に暮らしたいと感じたそうです。
𠮷竹さんは、沙漠を知らない内に色のついているメガネで観ていたけれど、一度街に帰ると、そのメガネは透明になり、沙漠を心から愛する一人になったそうです。
その経験をきっかけに、𠮷竹さんの写真も変わったと仰いました。
美しいシリア沙漠の中で、暖かく包み込みこんでくれるベドウィンの家族の話を伺い、私たちもその世界観にどんどん魅了されました。
これらのエピソードは、𠮷竹さんがご撮影された、とても素敵な写真たちと共に語られました。
詳しくは、見逃し配信にて映像で観れます!
・𠮷竹 めぐみ ウェブサイト
・タリィカフェ Facebook
・ORITA ウェブサイト
レバノンからみたシリア難民支援
次は、特定非営利活動法人パルシック(PARCIC)の大野木雄樹さんに、レバノンでのシリア難民事業をご紹介していただきました。
イベントは、レバノンの首都ベイルートにいる大野木さんから、コロナや先月の爆発事故で現地が大変な時期ですが、オンラインで繋いでいただきました。
大野木さんのご経験や想いをリアルタイムで伺うことができました。
レバノン事業を立ち上げた大野木さん。その前はパレスチナやトルコでの事業に携わっていました。
特に、レバノンの北東部、シリア国境とも近いアルサール市をご紹介してくださりました。
アルサール市は、地理上昔からシリアとレバノンの兄弟のような関係があります。もともとの人口が3万人ほどの中、4万人のシリア難民を受け入れたそうです。
トルコはシリアとの国境警備で壁が建設されてしまいましたが、
アルサールのところは壁がないので、隣人同士、お互い助け合う関係がまだあると仰っていました。
しかし、冬になると、大雪になります。
数年かけてシリア人がブロック塀を積み上げ、冬を耐えられるように作ってきた家ですが、
去年レバノン政府は、大量の難民を抱えきれず、長期滞在することを恐れ、ブロック塀がある場所は全て撤去しました。
シリアの人々は、テント生活に戻ってしまったとのこと。
そんな中でパルシックは、食糧・越冬支援など、現地のニーズを汲み取った活動をされています。
大野木さんが現地やシリアの人々と接するきっかけは、アラブ料理だそうです。
活動地域では「この地域で一番美味しい料理は何ですか」という会話から、人と繋がるそうです。
そこで出来た横の繋がりを大切にする大野木さんは、現地の人々との距離が近く、とても素敵だなと思いました。
イベントの終盤は、𠮷竹さん、大野木さんが現地でご馳走になったアラブ料理の話で盛り上がりました。
(第5回目のゲスト、小松あきさんの「アラブ料理」のスライドより)
9月19日をもって「お家でシリア学ぶオンラインスタディーツアー」は終了してしまいましたが、なんと全回分、見逃し配信で視聴できます。
ご参加下さった方々、見逃し配信を視聴してくださった方、ありがとうございました。