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72'souvenir
1 972年春先、小雪舞うチューリヒの小路のオメガ専門時計店のジェネラルアイテムケースに陳列され、長く留まっていたワタシを、ルッツェルンへの電車旅からやっとの思いで、夕暮れのこの街に帰りついた若いボンビーなヤーパンが見つめていた。じつはワタシを手に入れてしまうと、彼はこの先の旅が厳しく、帰国の運賃すら捻出できるか予測がつかないらしい。
だが、むこうみずな持ち主は決断し、
その夜から、その腕に装着され、海を渡って、極東のこの島国に遥々やって来たのだ。
いろいろ大変だったが、なんとか帰国し暫くして、持ち主は、親友と盛り場のお店で呑んだ席で、こともあろうに口論のすえ大喧嘩をやらかし、弾みで、ワタシはドアノブにぶつけられ、ガラスにヒビが入る大怪我をしたんだ。痛かったし、ワタシのみじかい輝ける時代は一瞬でそのとき終わったのだよ、わるい持ち主め。
持ち主の青春なんてもんだって、そんなものだと言ってやりたかった(青春は一瞬の風のように通りすぎるものだね)
なんでそんな事になったのかワタシは覚えているが、もうそんな事とっくに忘れた持ち主のために、ここで多くを語らない。
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バツ悪く過ごした数日後、親友が来て持ち主に謝罪してワタシを預かり、名古屋の修理屋さんに渡り1ヶ月程で修復されたが、潜りの修理屋の付け直したガラスは純正のものでなく、転用品で本来の私の顔では無くなった。ワタシがみても全く愛のないセンスの無い修理屋で、辛い日々であった。その時からワタシは元来のワタシではなくなったがスイス生まれのプライドは捨てなかったよ。
若い持ち主をたいそうがっかりさせたが、修理に出してくれた親友をそれ以上責めるわけにもいかず、さらに元どおりの修復もせず(このことが持ち主を一生許せないワタシ)持ち主はわたしの変態したフォルムに、気落ちしたようで気に入らず、それ以来ずっと彼の貴重品箱に入り、ワタシはアイテムとしての半生を終えたのである。持ち主のワタシへの愛情なんて、それくらいのことだったのだろう、そんなものだ。
持ち主も既に高齢者の域となり、人生のまとめを考えているようなら、きっと箱の暗闇のワタシに気づくこともあるだろうと、ワタシはいまは、切におもっているよ。
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