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今日の出来事若いご夫婦の小さな喫茶店

お昼前に入店するとカウンターに男の客二人、いやひとりはマスターに瓜二つのイケメンの息子だった。普段からかなりでき上がっている男と見ている。店内には、シックなjazzが多いが、今朝はBeatlesの心地よい soundが流れている。


敢えて青年と云おう。青年とマスターである父親は、まるで友達のように会話する、僕は生まれてすぐに父親を亡くした身であるからか、以前から好ましく思ってはいた。僕はこのお店とは数年のつきあいだが、青年に声をかけ会話したことがない。拘る必要はなく店の客として珈琲を楽しみたいからだ。軽く会釈したりはするが、マスターも心得ていて息子のことを話すことはない。          
いつものように珈琲は、今日のスペシャルのイルガチェフを注文した。格別にうまいのである。
青年はノートを広げ試験勉強している。こんなところでと思うが、時おり、こうしてカウンターに来て読書や勉強をするのだ。道路の向かいのお家にいて学校もないし、寂しいのかもしれない。店に来れば賑やかで佳い。それをマスターや奥さんはダメと言って払ったりしない。カウンターに家族3人揃っても自然な様子で、店の雰囲気を壊すようなこともない。

今朝は青年、何か僕を意識している感じがする。私学の試験が片付いてやや軽快な気分であるかもしれないが男の勝負時である。ここは、頑張れなどと言葉を発してはいけないのだ。


マスターが小声で「今日のケーキありますよ」で、説明書きのアクリルの小さなカウンターサインに目を凝らすが読めないでいると、奥さんがキッチンから顔を出し「ロイヤルミルクティムース!」と言う、僕は「ああ、大人味のね」とニヤリと返す、と青年が反応して笑い「お母さん、どんな味?食べたことないよ僕」「そうだっけ!?」

このお店の奥さんの手作りのケーキがまたおいしいのである。そして青年は、はっきり僕に向かって「15年共に暮らしてますが食べたことないんです」これには僕がうけた。「面白い奴だな、君!」すると、おお笑いしながらも奥さん「でしょう」と言って困ったようにキッチンに消えた。マスターも微笑むだけ。手作りとはいえ客が賃を払って食すケーキは商品だ。客の前で、息子にじゃあと、提供するわけには行かないわ、食べさせたくても。きっと食べてほしいに決まってる。ここはなにかきっかけが欲しい。

少しの沈黙を破り、僕「そうか、じゃ僕が君に奢ってあげるよ!」マスターが「それじゃいけませんよ」「いいんだよ、初めて会話できたし、ケーキひとつくらい傷まないよ、これで僕は君に貸しをつくったぜ、菓子だけにな」と笑うとカウンター挟んでみな大笑いとなった。青年と肩を並べ「大人味だろ?」「はい、おいしいです」と臆せず言うところがうれしい。ところがお礼に手焼きのクッキーおみやげにいただいてしまった、いってこいだな。


さて愉しい珈琲二杯であった。支払い済ませ、帰り際に青年、にっこりと「ありがとうございました」キリッとお辞儀の背中を僕は、ポンと叩いて店を出る。
#グッデイカフェ            
#大場章三              
#イルガチェフ

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