野神
午後になり一気に穏やかに吹く南風が、僕を山の坂道へと誘った。何億年もひとつのピークを遺していた山は撤去されようとしている。異星人ボットのような油圧ショベルが、ティオティワカン風の美しい台形をも壊し、その洪積の地層のヒダをめくる。
蟠りも怒りもない。これがヒトのやることであり、ひとのこの惑星の歴史である。
僕の生まれた故郷の、母の生家のまん前の田んぼの真ん中に、大岩様と呼ぶ巨石があった。僕の記憶の始まりからそこは僕の拠り所であり一番好きな遊び場であった。西側斜面からなだらかに登り、のぼりつめると東壁からドキドキしながら手足にかかる窪み頼りに降り、その過程で、東壁岩盤に刻み込まれた不思議な文様を手でなぞり妄想を膨らませて過ごした。
兄はのちに、あれは古代のヒエログリフかも知れぬといっていた。いつぞや兄が興奮ぎみの電話をくださって「あの
オイワサマ❗️爆破されすっかり撤去されたそうだぞ‼️知らなかった。なんで残せなんだんや」と。
バイパス道路建設のため、田んぼのまん真ん中に鎮座した、三月十六日には田の神のお供えをした、祖霊信仰の野神、巨大岩石の歴史は、破壊されたのである。
しかし、その時も僕は所詮ひとのやること、それがひとの歴史。時間は留まっているのではないと、思ったのだ。
この土地の春は、そこまできている。そして10年間見守ってきた「根性の桜」は今年は咲いてくれるだろうか。僕にとって最後のこの土地でのこの春に、奇跡は起きてくれないだろうか、などと欲ばりな願望が頭をもたげている。
2023年2月23日 記する
#大場章三
#祖霊信仰
#ティオテワカン
#黒川むらざと自然農園