コロナ禍で父親が家出した時の話

2020年4月下旬頃、父親が家出した。

仕事が終わって、レンタルDVDを返却しに行って、いつもより30分ぐらい遅めに帰宅した。
すると父親の車が無かった。
仕事に乗っていく時もあるので、まだ帰ってきてないんだなくらいにしか思ってなかった。

玄関を開けると母親の様子が明らかにおかしい。
夕飯の支度をしながら母親が切り出した。
「お父さん、出てってしもた」

話を聞くと、母親がスーパーに買い物に行って帰ってきた時に、何気なく「人多かったわ〜」と母親が口にしたのをきっかけに父親が激怒。
母親が熱を出した時と同様に、コロナ禍の状況下で人の多い時間帯に買い物に行っていた事に腹を立てたらしい。
怒鳴るだけ怒鳴った後、その勢いのまま車のキーを持って出ていってしまったらしい。
僕が帰る30分前くらいの出来事だったようだ。
僕がDVDを返しに寄り道をしなかったら、その修羅場に遭遇していたかも知れない。
今考えると、僕が寄り道せずに帰っていたら父親が出て行かず、ただの口論で済んでいた可能性も無いとは言い切れない。

少し昔のことになる。
僕が中学生の頃に、僕の両親は交通事故に遭っている。
父親が運転席、母親が助手席に乗って2人が出かけた時。
交差点で信号待ちをして、目の前の信号が青になったのを確認し、父親がアクセルを踏んだ。
すると、左側の交差道路から、信号無視の車が母親の座っている助手席側に突っ込んできた。
幸い、両親2人とも軽い怪我で済んだが、その一件以降、父親はパニック障害を患っている。
今でも腹の立つことや、不安を煽られるような事が積み重なると、精神的にバランスを崩して感情的になったり、睡眠薬を飲んで何日も寝たきりになる事がある。
過去には僕の目の前で自殺未遂を図ったこともあった。
所謂、睡眠薬のオーバードーズ。
規定の用量より遥かに多い数を飲み、寝室に上がる階段の途中で意識を失い、転がり落ちてきた。
僕が生まれて初めて119番に電話をしたのがその時だ。
幸いにもその薬が古く効き目が弱かった事と、発見が早かったのが命綱になった。
医者からは「もう2〜3錠多かったら意識を失うと同時に心肺停止していたかもしれない」と言われた。

父親がそういった不安定な精神状態のまま車を運転してしまうと、普段は絶対にしないような無茶な運転繰り返すと母親が話していた。
今回の父親の家出は、まさにその条件が揃ってしまっていた。
事故にでも遭っていたら.......
誰かを轢いてしまったりしていたら.......
父親自身の身に万が一の事が起こってしまっていたら.......
時間が経てば経つほど母親は気が気ではなくなっていた。
親戚周りに連絡を入れてみたが、身内の所には行っていないようだった。
本人の携帯に連絡を入れることも考えたが、それ自体が父親の精神状態を逆撫でする事になりかねないので下手に電話やLINEを入れることも難しかった。

その日の夜に姉の携帯に父親から連絡があったらしい。
ひとまず、怪我や事故はなく、無事のようだった。
どうやらホテルに泊まっているらしい。

家出から1週間ほど経った頃に、何事も無かったかのように父親がホテル暮らしから帰ってきた。
突然行方を晦ました事には、未だに一言も謝罪は聞けていない。

来月僕は31歳になるが、今まで父親が誰かに謝っている姿を一度も見たことがない。
コロナは怖い。
目に見えない脅威であるからこそ、どこでどういう影響を受けるかは分からない。
命にも関わる。
だからと言って、それに託けて人に心配を掛けたり、根拠も無く決めつけて判断するのは違う。
恐らく、父親の性格は簡単には変えられない。
父親自身が「正しい判断をした」と信じ込んでしまっているからだ。
それでも自分の父親である以上、付き合って行かなければならない。

僕を隔離し、母親を感染者と決めつけた事は確かにショックだし、腑に落ちない。
コロナ禍が終わり、父親の思い込みが和らぐ日が早く来て欲しい。

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