2020年3月15日から隔離生活をさせられた話
今年の3月14日、イベントをやるために名古屋に行った。
コロナが猛威を振るい始めた頃、緊急事態宣言も出るか出ないかくらいの頃だった。
お客さんは2人しか集まらず、僕とお店のスタッフ1名を合わせて4人でのこじんまりとしたイベントになってしまったが、イベント自体は楽しかった。
名古屋で1泊して、次の日の3月15日は映画を観に行った。
観客は10人前後しかおらず、殆どが空席だった。
夕方に電車で名古屋を出て、18時頃に三重の自宅に帰ってきた。
そこから、隔離生活が始まった。
恐らく僕がインスタに投稿した映画の半券の画像を見た姉が、それを両親に知らせたのがきっかけ。
隔離するのは「感染者の増え始めた名古屋に行ったから」という、ただそれだけの理由。
この時点で僕には何の自覚症状も体調の変化もない。
玄関を開けた途端に、ウイルスを洗い流すためにすぐに風呂に入るように言われた。
風呂を出てから言われたことは以下。
・2階の自室と2階のトイレ、1階の風呂場以外の部屋への立ち入り禁止
・手すりやドアノブに触れる時は手袋もしくはタオルなどを使うこと
・毎日朝と夜に体温を測り、家族のグループLINEに測定した体温の画像を載せること
・食事は部屋のドアの前に置いておく。食べ終わったら食器を廊下に出しておくこと
・仕事以外の外出禁止
・出来れば仕事にも行って欲しくない
トイレと風呂と仕事に出かける時以外はずっと部屋に居なければいけない生活が1週間続いた。
「もうそろそろええやろ」と気まぐれのような調子で父親が言って、それをきっかけに隔離が終わったのがたまたま1週間後だっただけで、明確な理由はほぼ無かった。
(そもそも最初は「ワクチンが流通されるまで」隔離を続けると言われていた)
隔離中も僕の体調にはなんの変化も無かった。
隔離が終わって、両親から
「コロナが終息するか、ワクチンが流通されるまでは県外と人混みへの外出を禁止」
と言われた。
が、僕は次の日曜に1年振りくらいに大阪のUSJに行く。
3月の時に比べれば、コロナは少しずつ勢いが弱くなってはいるが、完全に終息している訳では無い。
反対される覚悟で、意を決してUSJに行く事を数日前に両親に話した。
すると、めっちゃ普通に了承された。
元々うちの両親(特に父親)は、なんの前触れもなく意見が変わることが多い。
酷い時には1時間前と1時間後で意見が変わっていることもある。
コロナが怖いのは勿論だが、それに伴って人の心もあちこちに移り変わってしまう。
不可解な発言、根拠のない判断、理に叶わない行動。
隔離生活にはかなり参ったが、自分の家族の対応にはもっと参った。
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少年(しょーや)
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