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甘い匂いに誘われて
わかっているのです。
この甘くて美味しそうな匂いが、今いるこの店の匂いではないことを。
今私がいるのはドトールコーヒーだ。
そのドトール店舗の目の前に、何とも甘い匂いが漂って仕方がないフィナンシェなのかシュークリームなのかワッフルなのか、正確にはわからないのだけれど、いつもある程度の列ができ、世の女子が逃すわけないっしょなシルバニアファミリーのお店にありそうなそれはそれは可愛らしい外観でおっとりしているくせに強烈な存在感を放っているお店がある。
仕事終わり、私はいつもその匂いの誘惑に負ける。
そのお店にイートインコーナーがあるのなら絶対に利用しているところなのだけれど、残念ながらお持ち帰り専用のようで。
諦めて真っ直ぐ家に帰ればいいものを、私は少しでもその甘い匂いに浸りたいと、その店の目の前にあるドトールコーヒーに入ることにするのだが、入った後に決まって、ああここにはデカフェラテはなかった。と、少し後悔する。
結局ホットココアを注文してどこに座ろうか迷った挙句、いつも出入口に近い席に座る。
冬は寒気が夏は暖気が入ってくるから普段なら店内中央付近に座るようにしているのに、なぜだろうかと考えていたら、そうか、甘い匂いを少しでも多く嗅ぎたいのか私は。と気付いてしまった。
そうこうしてこの記事を書いている今も、チラっとそのシルバニアファミリーのお店にありそうなお店(ややこしい)をガラス越しに覗いてみてもやはり列は途切れることがない。人気者なのですね。
甘い匂いを求めている理由として、お腹が空いているだとか疲れているだとかが上げられるようなのですが、まさに私も今その状態なんだろうな。
丸一日働いた後は誰だって疲れるもんですけど、家に帰ってご飯食べてお風呂入ってゆっくり寝ようと言う思考に至らず、甘い匂いに浸りたいってそれだけの為に目の前の店に入り浸るとはほんまなんちゅー誘惑やって思ったわけですよ。
と言うか、これが偶々そこに居座ってくれるお店だったからよかったものの、もし生身の人間だったりしたら、私ストーキング行為してることになるんとちゃうかって考えたら、え、私って変態かもしれん……
ってそんなしょうもないことを考えながら結局甘い匂いの正体はわからないままホットココアを啜るのです。
日々は程々に嫌なこととかあって、でも程々に嬉しいこともあって、全然毎日まちがいなく幸せで、そんな中ある匂いを嗅いだら思い出す記憶とかってあって。
例えばキンモクセイの匂いを嗅ぐと、まだ団地に住んでいた子供の頃、地区の集まりで夜、百人一首大会の練習しに行ってたなとか、幼馴染のゆきちゃんは本当は強かったけど私が弱かったからいつも私に気を使って負けてくれるような優しい子やったよなとか、そう言う何気ないけど大事なことをふっと思い出させてくれたりして。
フィナンシェなのかシュークリームなのかワッフルなのかわからないけどとにかく甘いこの匂いも、いつか何十年後かのふとした日常で嗅いだ時に、あああの時仕事と執筆とで多忙で家事そっちのけで旦那に悪いなって思ってる時もあったけど、毎日好きなことに夢中になれてたよな。それなりに頑張ってたよなって、この匂いでいつか思い出せたらいいなって思った。
って話。
そんな何気ない「いつか」が訪れますように。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
ちなみにまだその甘い匂いのお店の列は途切れない。
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