四次元ゴミ袋
コロナを経て、オンライン・web・メタバースなどいろいろなツールで、簡単に「繋がった」と言う。
それは本当に「繋がった」と言えるのでしょうか?人と人って、そんなに簡単なものなのでしょうか?
現実(リアル)って、そんなに安っぽいものでしょうか?
現実(リアル)を、心の底から欲しいたということが、コロナで感じたことではないんじゃないでしょうか?
オンライン、ネットの技術では、まだ、匂、肌間、色んな感覚がまだまださ一減できていません。もちろん、青空の、太陽のありがたさや、暑さ、風、風が運ぶ草や土のにおい。お互いの呼吸や笑顔。
オンラインで、こんな笑顔できないですよね。心の底から、楽しく。
簡単=わかりやすい=楽=合理化・効率化=停滞ニッポン
この国は、これで失敗してきたのではないのでしょうか?
落ちるところまで、落ちるのでしょうね。
EVをみても、遅れるこの国。EVは、電気自動車何でしょうか?
僕は、蓄電技術のついでに、移動できるという「おまけ」がついたものだと思います。
自然再生エネルギーが、電力調整で「捨てられています」。
電力は、需要と供給のバランスがないと、停電してしまいます。
需要が少ないと化石燃料の火力発電が主力で化石燃料使ってCo2を出し続けます。自然再生エネルギーは捨てられています。
例えば、工場の屋根で太陽光発電をし、そのエネルギーで向上の機械を動かし、余りを社員のEVに充電する。家に帰って、EVに蓄電された電気で、家の電力を賄い、そして次の日も、を、繰り返す。
もちろん技術的に、まだなのでしょうが。。
化石燃料、Co2,環境破壊という、産業革命以後の「四次元ゴミ袋」によって、地球が泣いている、人間が泣かせている。
私たち世代は、何を「四次元ゴミ袋」に入れるのでしょうか?
人と人が、本当に出逢う大切さを、「四次元ゴミ袋」に入れようとしているのかもしれませんね。少なくとも、この国は。
そうありたくはありません。
そんな世界を、明日という未来に「繋ぎ」「紡ぎ」たいとは、想いません。
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