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判決文を読んでみよう! ─エムブレムサーガ編─

0.はじめに


2001年7月、任天堂が裁判所に対してとある訴訟を起こしました。

相手先はファミ通の発売元であるエンターブレインと、有限会社ティルナノーグ。目的はとある一本のゲームの販売差し止めと、賠償金支払い。そのゲームソフトの名前は「ティアリングサーガ ユトナ英雄戦記」

これが有名なエムブレムサーガ裁判の発端です。これは一部任天堂が勝訴しつつもかつ、「クリエイターが別会社で似たような作風の作品をつくっても問題がない」という判例が下ったことで有名です。ある種、ゲームの歴史のターニングポイントともいえる裁判であります。

そんな裁判でありますが、実際に判決文を読んだことがある人はどれだけいるでしょうか? あんまりいないと思います。私もようやく読みました。必死になって。大変でした。

この記事はエムブレムサーガ裁判の流れを追いつつ、どのようなやりとりがあり、具体的にどこが認められ、どこが認められなかったのかを解説する記事です。毎度のことながら私は法律の専門家ではない、ただのアマチュア研究家ですので、仔細の解釈ミスに関してはご容赦くださいませ(おそらく用語のミスを連発してるかと思いますが、片目を瞑ってごらんください)。


1.ISへ至る歴史


エムブレムサーガ事件を深く理解するにはまず、歴史の大きな流れを知る必要があります。
ファミリーコンピュータ発売前の任天堂はまだまだ規模が大きなゲームメーカーではありませんでした。完全自前でプログラムを組むなんて夢のまた夢、外部からの協力を得てゲームを作っていました。有名なアーケード版「ドンキーコング」は池上通信機の協力を得て完成に至っています。ところがこの池上通信機、あくまで任天堂に納品したのは完成版のみのデータで、ソースコード(ゲームソフト全体の設計図)は渡しておりませんでした。任天堂と池上通信機が交わした契約書には、その著作権のありかについてまでは仔細に書かれてはいなかったのです。当時の意識はまだそこまで追いついていませんでした。
おかげで任天堂がドンキーコングのヒットに気を良くして続編をつくろう! としたときに、手元にソースコードがありませんでした。なので別途岩崎技研工業の協力を得て逆アセンブル(完成品をもとに設計図を復元する作業みたいなものです)し、それを元に「ドンキーコングJr」を作りました。この行為が池上通信機との間にトラブルを生みます。池上通信機としてはドンキーコングのプログラムは自身のものだ、という意識であり、任天堂の行為は著作権違反だ、という指摘です。任天堂からしたらそもそもドンキーコングはうちがつくったもんなんだから、下請けに対価を払った時点で全部ウチらのもんでしょ、ということでしょう。

この行き違いの結果、裁判へと至り、任天堂は池上通信機に和解金を払うことで終わってます。以後、任天堂は開発会社との契約にピリピリすることになります。

さて、先ほど登場した岩崎技研工業ですが、この中に北西亮一氏という方がおられました。彼は任天堂からの依頼を受け、仲間とともにチームを組みファミコンの開発支援(このチームはドンキーコング他、マリオブラザース、テニス、ダックハントなどなど、様々なソフトに携わっています)を行います。任天堂との協力関係はそのままつづき、ディスクシステムが発売されるとメトロイドの開発支援にも携わりました。そして彼はいよいよ岩崎技研工業から独立します。仲間とともに株式会社インテリジェントシステムズ(以下IS)を立ち上げました。このとき、創業メンバーは13人。会社の場所は京都の今出川と田辺の二カ所です。

主な事業は任天堂の開発支援ですが、その開発支援とは開発ツールの提供です。パソコンを改造した開発機を作り、それを任天堂に納めていました。また、ファミコンウォーズといったソフトの開発にも裏方として携わっています。

1989年にはゲームボーイ向けの開発ツールを作り、翌年1990年にはスーパーファミコン向けの開発ツールもつくりました。このとき、ISは任天堂に認められ、「任天堂常駐部屋」が作られることになりました。つまり、任天堂の京都本社内にISの事務所がある、というなんとも不思議な状況です。しかも、ISと任天堂には資本関係がありません。少し時代は飛びますが、2003年には他の事務所を閉鎖し、すべて任天堂の社内に集約することになりました。

そんな任天堂の裏方として有能さを発揮していたISですが、一人の男が動きを見せます。その男の名は加賀昭三。彼はパソコンゲーム雑誌「ログイン」に自作ゲームを投稿し入賞していた実績を有しています。彼は1988年3月にISへ入社し、1990年には今まで裏方であったISが初めて表に出た作品を作り上げます。その名は「ファイアーエムブレム 暗黒竜と光の剣」。現代でも新作が出続けているファイアーエムブレムの始祖にあたります。


このファイアーエムブレム、とにかく色々と革命的でした。仔細は綾茂勝太郎氏のレビューをご覧になっていただきたいのですが。


「無機質であったはずのシミュレーションゲームに、個性とストーリーを練り込んでキャラに愛着をもたせる」「反面、ゲームは乱数の影響を少なくし、計算ミスは容赦なくプレイヤーに襲いかかる高難易度」「一度死んでしまったキャラは二度と蘇らない(一応救済措置はある)」「それ故全員が無事でクリアしたときの凄まじい達成感」といった要素が見事に組み合わさり、「シミュレーションRPG」というフォーマットを決定づけた名作へと至りました。

もちろん、この作品は加賀氏一人が作ったものではなく、彼はゲームデザイナーとして完成にまで導きました(ちなみにプロデューサーはあの横井軍平氏だったりします)。たとえばこまかなインターフェース画面の構成、画面上のキャラクターの動き、戦闘シーンの動き、こういったところは彼はあまりこだわりを見せず、部下に任せています。

https://www.nintendo.co.jp/titles/20010000005085
https://www.nintendo.co.jp/titles/20010000005085
https://www.nintendo.co.jp/titles/20010000005085

……この姿勢が、後々大きな問題になるわけですが。


2.ファイアーエムブレムの盛り上がりと、加賀氏の退社


ファイアーエムブレムは発売後、じわじわとその評価をあげていき、売上を加速させていきました。ファミコンソフトとしては珍しい部類です。最終的に32万本の出荷本数を記録しました。加賀氏は「ファイアーエムブレムの生みの親」としての名声を確立しました。

1992年には第二弾ソフトとしてファミコンにて「ファイアーエムブレム外伝」が発売され、94年にはプラットフォームをスーパーファミコンに移し、初代のリメイクである「ファイアーエムブレム 紋章の謎」が発売されました。紋章の謎はシリーズ最大のヒット作となり、累計出荷本数は77万本に至りました。

その後の96年には「聖戦の系譜」が発売しますが、このあとで少し不協和音が発生しています。本来であればこの後新作「トゥルーエムブレム」を開発に向かうはずでしたが、これは開発中止に追い込まれます。商標が1997年に出願されており、98年には第4129733号として登録もされていますが、結局これは未完成品として世にはでませんでした。

かわりに世に出たのは1999年の「トラキア776」です。


引用元 https://www.youtube.com/watch?v=o5LHh_lAbUY  ©任天堂


引用元 https://www.youtube.com/watch?v=o5LHh_lAbUY  ©任天堂


これがスーパーファミコン最後のファイアーエムブレムであり、そして加賀氏が手がけた最後のファイアーエムブレムとなりました。加賀氏は退社し、独立することになったのです。

もともとゲーム業界という場所は非常に人の出入りが激しいところです。少し前には任天堂から重鎮横井軍平氏が退職されていますが、これは本人が望んだことであり、大きな問題にはならなかったのです(ただし独立から1年後、彼は交通事故で不慮の死を遂げます)。

ですから加賀氏の独立自体はおかしな話ではありません。IS内部のチームを根こそぎ引き抜いて……なんてものではなく加賀氏一人だけ。トラキア776のキャラクターデザインを担当した広田麻由美女史は加賀氏についていく形になりました(女史はもともとアニメーターなので、フリーの立場でIS社員ではないと思うのですが……仔細が不明です。申し訳ない)。

独立した加賀氏は1999年、有限会社ティルナノーグを設立しました。そこからファミ通を発行している株式会社エンターブレイン(この時点ではアスキーなのですが、簡単のためエンターブレインで統一します)の協力のもと、プレイステーション用新作ゲームの開発に向かいます。その名は「エムブレムサーガ」。1999年12月24日号のファミ通にはその情報が掲載され、翌年2000年1月21日は加賀氏のインタビューが載ります。その際、インタビュー内でこのようなやりとりがありました。

「あのシリーズの最新作『エムブレムサーガ』独占初公開!!」

加賀 過去に私は3つの大陸における物語 を5本作ってきました。「エムブレムサーガ」は4つめの大陸 “フォーセリア”が舞台となる作品で、根幹となる世界観は同じです。かつてこの世界にはマムクートと 呼ばれる高度な文明を持った種族が栄えていた。彼らが歴史の中で滅びの時期を迎えたときに、つぎの世界を担う人間たちに対してどのような関わりかたをした のだろうかと。今作品は彼らマムクート……古代竜族と呼ばれる者が、多くの部分で絡んできます。

WEEKLY ファミ通・2000年1月21日号(アスキー)

この知らせに驚いたのが任天堂とISです。

「これではファイアーエムブレムの新作がPSで発売するという宣言ではないか!?」

いうまでもなくファイアーエムブレムは任天堂とISのIPです。確かに加賀氏は生みの親の一人でありますが、その著作権を有しているわけではなく、そのときつくった成果物は会社に帰属します。そのかわりに給料を貰っているわけですからね。

そして任天堂とISは疑いの目を向けることになります。加賀氏の退社は99年8月なのですが、ティルナノーグの設立は実はぎりぎり退社前でした。独立するのだから会社設立のために動くことはおかしくないのですが、その後があまりにスムースです。12月に新作発表が出来るほど契約が進んでいて、それでいて翌年2000年に発売予定(実際には2001年に延期になりました)。

……ならば、すでに在籍中にエンターブレインと話を済ませ、独立したのではないか? これはおそらく事実なのだろうと思いますが、問題はその先です。

出来上がってくるエムブレムサーガの画面が、ファイアーエムブレムのそれとそっくりだったのです。


引用元 https://www.youtube.com/watch?v=ipvNqVVTnL8  
©エンターブレイン ©ティルナノーグ
引用元 https://www.youtube.com/watch?v=ipvNqVVTnL8  
©エンターブレイン ©ティルナノーグ
引用元 https://www.youtube.com/watch?v=ipvNqVVTnL8 
 ©エンターブレイン ©ティルナノーグ

任天堂とISは動き出します。エンターブレインとティルナノーグに対して「貴社が制作しているエムブレムサーガは当社の権利を侵害しており、不正競争防止法違反である」という旨を記述した警告書を送りつけました。これはつまり、「自己の商品等表示として、他人の著名な商品等表示と同一あるいは類似の表示を使用し、またはそのような表示が使用された商品を譲渡引渡等すること」にあたるだろう、という指摘です。

しかしエンターブレインとティルナノーグは意に介しません。「エムブレムサーガ」のタイトルのまま予約キャンペーンを行います。

エンターブレインとティルナノーグがなぜ警告を無視したのか? おそらく本当に法律的には問題がないと確信していたから、と思います。
そもそも作者が同一であるならば、出来上がるものが似かよるのは当然だ、と考えていたのでしょう。実際、加賀氏はエムブレムサーガでもファイアーエムブレムと似たようなインターフェース、画面上のキャラクターの動き、戦闘シーンを採用しています。さらにいえば武器の名称も似ており、その多数のパラメータが流用されていました。

ゲームソフトのソースコードには著作権が認められています。これの盗用は法律違反にあたります(だからこそかつて任天堂は池上通信機に訴えられたわけです)。
しかしエムブレムサーガは一切ソースコードの盗用・流用は行われておりません。だからこそ法的問題なし、という判断を下したのでしょう(結果的にはこれが正しかったことが証明されます)。

ただ、任天堂とISは警告を再度続けました。このあたりで不穏さを感じ取ったのでしょうか、エンターブレインはタイトル変更を行うことになりました。2001年4月2日、諸般の事情によりエムブレムサーガはティアリングサーガ に改題されると発表しました。しかしこの後配布した体験版はエムブレムサーガのままです。


2001年5月24日、ティアリングサーガは発売されました。このとき、各種売上ランキングにて見事に一位を獲得。34万本を売り上げるヒット作となりました。

7月25日、そのときがやってきました。任天堂・IS両者がエンターブレインとティルナノーグ、そして加賀氏を不正競争防止法及び著作権法違反で東京地方裁判所に提訴したのです。

3.裁判勃発と地裁の判断


この提訴は大きな衝撃をもたらしました。

「クリエイターは独立したら似たような作品をつくってはいけないのか?」

その成否は、まだ判例として確立されていなかったからです(前年にコナミが音ゲー裁判を起こしていますが、これは特許侵害の裁判です)。業界が注目する裁判となりました。

任天堂・ISの主張は概ね以下の通りです(実際はより細かく、さらに他の論点も絡んでいるのですが、あえてぶった切って抽出しています)。

ティアリングサーガはもともとエムブレムサーガという名称であり、我が社のファイアーエムブレムがプレイステーション版に移植したゲームであるかのように装った。

ファイアーエムブレムは当社とISの商標であり、総額14億円という多額の広告費をかけて需要者に周知させた。そのときエムブレム、と略されて雑誌等に掲載されることが多々あったため、「エムブレム」単体で取引者・需要者に周知されている。エムブレムサーガというタイトルは明らかにこれを誤認させるものである。インターネットで実際に誤認したという書き込みソースもあり、ゲーム雑誌の記事もある。

タイトルだけではなくゲームの内容も、当社のファイアーエムブレムと酷似している。戦闘マップ、戦闘画面、ステータスの表示、ユニットの成長、会話イベント、死亡時のセリフ、主人公の死亡時のゲームオーバー判定……これは当社のトラキア776と、外伝と実質的に同一。それどころかキャラクターのイメージや動きも全く同一だ。とくに主人公のリュナンはトラキア776のリーフじゃねぇか!

つまり被告(エンターブレインと加賀氏のことです)は「ファイアーエムブレム」「エムブレム」という商標と、ゲームの内容と、両方に類似した製品をつくりあげた。これは不正競争行為または著作権侵害行為にあたる。
よって被告はその損害分として、売上の10%を使用料として(および弁護士費用含めた2億3489万円)任天堂とISに支払え。


任天堂・ISの主張はざっくり纏めると「ファイアーエムブレムの商標はエムブレムがメインで、エムブレムサーガはそれの侵害」「画面の構成がそっくりだから、これは著作権侵害であり不正競争行為(エムブレムサーガがファイアーエムブレムの続編だと消費者が勘違いしていまう)」の二段構えです。

被告、エンターブレイン側の反論は以下の通りです。

そもそも「ファイアーエムブレム」と言う単語は火を表すファイアー、紋章を意味するエムブレムを組み合わせた造語であり、組み合わせも安易な、ありふれた造語である。つまりありふれた表記でしかなく、自他商品識別力を有していないし、そもそも任天堂が行った広告とは発売前後の三ヶ月程度のものでしかない。

広告費用を総額14億円かけた、と主張するものの、そもそも1997年単年度のゲームソフト広告費総額は352億円である。この程度の広告費では周知性・著名性を獲得したとは言い難い。
ファイアーエムブレムのシリーズ売上が200万本と主張するが、そもそもこの200万本という数字が少なすぎる。シリーズもののゲームソフト販売本数の合計は「スーパーマリオ」シリーズは約3400万本、「ポケットモンスター」シリーズは約2200万本、「ドラゴンクエスト」シリーズは約2500万本、「ファイナルファンタジー」シリーズは、第3作目から第9作目までの合計だけで約1700万本である。こういった状況を見るに、「ファイアーエムブレムシリーズ」が著名とは言い難い。

そもそも原告のISのホームページ内では、ファイアーエムブレムが「FE」と略されているではないか。エムブレムが略称として認知されていないと認めている。
インターネットの書き込みはそもそも様々な問題点があって類型的に信用性が低い上、任天堂がソースとしてもってきたのはそれゲーム批評だろ!? そこは当社エンターブレインに対してそもそも批判的な立場だから信用性は低い。

また画面表示の構成はとてもありふれたものであるし、法律で定めたところの「商品等表示」として保護を受けることは出来ない。
第一、シミュレーションRPGを購入するユーザーはストーリーを楽しんでプレイするのであって、その画面を動かすことだけを目的としてプレイすることはありえないし、そもそも著作権侵害の有無を考えるのならば、シミュレーションRPGとしての大事な構成要素、テーマとストーリー、システム、ゲームバランス、画面、キャラクターを見ていかなければ駄目であり、かつこれらをトラキアとティアリングサーガを比較すれば全くの別。
そして任天堂側が主張する「類似する点」は、すべてがアイデア、あるいは作風の類、またはシミュレーションRPGである以上は避けては通ることが出来ない、ありふれた表現でしかない。

概ね「ファイアーエムブレムという言葉は単純だがら、その一部を使ったところで消費者は誤解しないし、画面だって一般的なものだから誤認するわけがないし、著作権侵害の保護対象ではない、ただの「アイデア」でしかない」という主張です。

ネット上では任天堂最強法務部というスラングが周知されているため、任天堂が圧倒的に裁判に強い……というイメージをお持ちの方は多いと思います。しかし実際に資料を読み解くと、任天堂はなかなか無茶な理論を広げてそこをエンターブレイン側に突っ込まれる、という場面もあったりします。任天堂もこういった「コピーではない、同ジャンルのゲームを相手にした裁判」とはおそらく初めてであり、なかなか苦慮しているところがうかがえます。

例えば任天堂は開発・販売側の人間が「エムブレムと略称することに思い入れを持っていた」という主張を広げますが、エンターブレイン側から「そのことと消費者がエムブレムを任天堂のものと認知していたかとは全く関係ない」という反論を喰らっています。裁判所は言及がなく、なかったことにされました。

裁判官らもまだ2001年の時点ですし、ゲームに造詣が深いとは言い難い状況らしく、色々苦慮しながら裁判を進めているのがわかりますが、それでも完全な無知ではなかったようです。資料を読んで「FEは高い周知性を有しているとの主張ですが、ドラクエやFFほど売れているわけではないのでしょう?」という発言があったことを裁判の傍聴者が語っています。ちなみに任天堂は「ゲーム単体ではなく、グッズや関連書籍は売上上位にあたり、高い周知性を有しているとしか表現できない」と答えています。

またこの裁判はとにかく他社のゲームタイトルがガンガン並んだ裁判でもあります。「エムブレムサーガの画面構成はファイアーエムブレムを誤認を狙っている!」という任天堂の主張に、エンターブレイン側が反論します。

「リトルマスターに、ファーランドストーリーに、ラングリッサーが同等な画面なんだが、これらをファイアーエムブレムと誤認した消費者は存在するの? ありふれた表現方法でしかないよね?」という内容です。なお、「ブリガンダイン」「フェーダ」「スーパーロボット大戦α」「フロントミッションサード」「テイルズオブエターニア」といったタイトルも名前があがっています。

任天堂は「そもそもそれらはFEの発売以後の作品だから、本作品の創作性にあたっての比較の対象とはならない」と反論していますが、裁判所には受け入れられておらず、任天堂の主張である「画面構成が似ているから不正競争および著作権侵害」は退けられました。

トラキアのリーフと、ティアリングサーガとリュナンが同一だ! という主張に関しても「少年・少女漫画やアニメーションないしゲームソフトの登場人物の影像に普通にみられるごくありふれたものであって、表現上の創作性がない」と切られてしまっています。反論として「ドラゴンクエスト・ファンタジアビデオ」や「ゲームブック ドラゴンクエストⅢ」があげられました(探し出したエンターブレイン側の弁護士も大変だったろうなあと思います)。
任天堂は「敵国に祖国を追われた主人公が祖国にために立ち上がる」という共通点をあげていますが、それも「多くの冒険譚や歴史物語等において見られる筋立て」と却下されています。

なお、裁判所からは「原告らは、原告ゲームの各ゲームソフトは、登場する主人公の少年王子のキャラクターが似通った容姿になっているという特徴があり、シリーズとしての連続性をもたせるものとなっていて、「トラキア」の主人公であるリーフの容姿も「紋章の謎」の主人公であるマルスに似通ったものとなっていると主張するが、この主張は、個別の具体的な表現である「トラキア」のリーフと被告ゲームのリュナンとの対比を論ずる上で意味のない主張である。」と釘を刺されています。ここらへんはまさしく不慣れな裁判に四苦八苦しているのでしょう。

任天堂はトラキア776とティアリングサーガを比較し、「スルーフとセネト」「サラとネイファ」、「シヴァとヴェガ」、「ミーシャとサーシャ」、「アスベルとマルジュ」、らが類似であると主張しましたが、裁判所の判断は「少年・少女漫画やアニメーションないしゲームソフトの登場人物の影像に普通にみられるごくありふれたもの」であり、不正とは認められませんでした。

そのほか、「武器屋での購入の流れ」「闘技場での戦いの流れ」「ペガサスナイトの攻撃方法」「秘密の店の存在」「レベルアップ時の演出」「クラスチェンジの演出」らが類似として指摘されましたが、裁判所は「その他のゲームでも類似点が見つかったため、ごくありふれた演出であり、複製ないし翻案に当たるということはできない」との判断を下しています(闘技場のながれは「エンドセクター」と同等だそうです)。

さらに任天堂はティアリングサーガとFE紋章の謎も比較し、「ペガサス三姉妹がでてるじゃないか!」という主張もしているのですが、裁判所からは「両者の容姿は、容貌、髪の色、顔の輪郭等の点において全く異なり、両者を同一人物ということはできない」という判断を下されています。紋章の謎のバーツとティアリングサーガのバーツも比較対象にあがりましたが、裁判所は「両者の容姿は、容貌、髪の色、髪型、顔の輪郭、鉢巻の色等の点において全く異なり、両者を同一人物ということはできない」という判断でした。斧使いのバーツというだけでは同一人物にはならないようです。

そして肝心要の、改名前の「エムブレムサーガ」のタイトルについての言及なのですが、実は第一審である東京地裁の段階では「エムブレム」が自他商品性(消費者が区別がつくだろうと判断できる要素のことです)を認められておりませんでした。エムブレムは紋章の和訳でしかなく、勇者の紋章、ガイアの紋章という他作品があるためそれ単体ではファイアーエムブレムのことだとわからない、という理屈です。裁判所から「そもそも任天堂がこの件をニュースリリースで出したときも略称はFEじゃないか。エムブレム単体では侵害にならない」と言われています。雑誌等で「エムブレム」単体表記している証拠も提出されましたが、その前に「ファイアーエムブレム」と全て表記されているために「エムブレム単体の略称では認知されていなかった」という判断となりました。


その結果、地裁では「エムブレムサーガ」も不正競争違反・著作権侵害にはならず、任天堂の主張は全て退けられています。そのため任天堂・ISの完全な敗訴です。


当然、この判決を不服として任天堂・ISは即高裁へ控訴に向かいます。


4.高裁の判断


高裁では任天堂も裁判戦術を色々練り直しています。

まず、「ティアリングサーガの画面構成はFEシリーズに類似している」「トラキア776に類似している」に変更しました。こうしてトラキアと、ティアリングサーガの画面構成を突きつける一方(これはおそらくシリーズに広げると、似たような画面構成の作品がどんどん突きつけられてしまうからでしょうか)で、任天堂は「雑誌のインタビュー等でエムブレムサーガがファイアーエムブレムの続編であるかのように受け答えした」という点を問題視して証拠として提示しています(ファミ通には「おなじみの闘技場」といった表現もあり、任天堂はここを突いてきました)。前回の裁判でもインタビューは証拠として提示されたのですが、任天堂は高裁ではより多くの資料を添えています。

エンターブレインは「その内容を完全にコントロールできるものではなく、もとより、被控訴人Aがインタビューを受けたとしても、その発言が忠実に再現されるものでもない」と反論し、「被控訴人Aがファイアーエムブレム・シリーズのゲームデザイナーであるとの記載も客観的な事実にすぎず、被控訴人ゲームがファイアーエムブレム・シリーズの続編であるなどの虚偽の記載がされているわけでもない」としています。

さらにいえば「この作品はプレイステーション1用の作品なんだから、ライバルである任天堂の作品がでると消費者が誤認するわけがない」という反論も飛び出ています。

さらに「当初こそがFE開発者が独立して新作をつくることにあたって、この作品がFE新作なのだという誤解が広まっていったが、当社はむしろそれを打ち消し訂正してまわった立場」と主張しています。

任天堂は反論します。「そもそもお前がファミ通を発行しているのに内容をコントロールできないなんてねぇだろ!」。
さらには「FE新作がPS1に出ると誤解した例」を、ゲーム雑誌やインターネットから抜き取り証拠として裁判所にバンバンと提示します。

その一例をご覧下さい。

64DREAM 平成12年6月号 「PS買ってでもFEゲットします!」
電撃プレイステーション平成13年2月9日号 「"伝説を受けつぐ"ってやはりあの大作S・RPG…ですよね?!!」
電撃プレイステーション平成13年6月22日号「「エムブレム・サーガ」改め「ティアリング・サーガ」。体験版、プレイいたしました。やはり「エムブレム」シリーズはおもしろいです!」
Webサイトの書き込み「エムブレムの続編として期待している」
Webサイトの書き込み「ティアサガってFE外伝の続編って思ってた…」
Webサイトの書き込み「てっきり任天からの許可を得ているものと思っていたんだけど」

これらの投稿や書き込みはおそらくは半分ほどは「ネタ」が入っているとは思う(実際エンターブレイン側の反論もそうです)のですが、それを含め、裁判所の判断に影響を及ぼしました(これらの投稿や書き込みに心当たりある方、貴方は見事エムブレムサーガ裁判の判決に影響を及ぼしましたよ!)。

さらに大事な証拠も任天堂から挙がりました。なんと、加賀氏本人の書き込みです。
加賀氏はユーザーフレンドリーな方として当時からも言われており、FEシリーズの裏設定や、開発の小話なんかを守秘義務違反にならない程度にインターネットへ提示していたのです。これは直接は問題にならなかったのですが……。
2000年1月16日、加賀氏はこんな書き込みを行いました。

「外伝タイプのゲームシステムで、・・・N社との関係は今まで通りです。今作はプレイステーションですが、」

これが任天堂の目につき、証拠としてあげられました。おそらく加賀氏本人の認識としては本当に任天堂とやりあうつもりなどなかったのでしょうし、将来的には任天堂ハードでエムブレムサーガを出すというのもあり得るかもしれません。期間的にも退社後まもなく、エムブレムサーガ第一報がゲーム雑誌を駆け巡ったころです。まさか任天堂と古巣IS相手に裁判でバチバチに戦うことになることとは夢にも思わなかったに違いありません。

2000年1月の時点ではともかく、2004年時点の裁判にはこの書き込みは「意図的に加賀氏がエムブレムサーガをFEシリーズの外伝だと誤認させようとした証拠」として扱われました。

それらの結果、裁判所はこのような判断を下しています。

被控訴人らは、インターネットサイトにおける混同事例について、ゲームソフトに過大な思い入れを有するファンや粗忽な需要者の誤解にすぎないと主張する。しかしながら、インターネットサイトにおける書き込みを見ても、混同が生じているのがそのような一部の特殊な需要者に限定されるとは到底認められず、ファイアーエムブレム・シリーズに詳しいはずのファンの間にも混同が生じていたことは、誤認・混同のおそれがそれだけ大きかったことを示すものにほかならない。

任天堂の作戦は見事はまりました。エンターブレイン側の行為が「不正競争防止法2条1項1号の『混同を生じさせる行為』に当たる」と認められたのです。

さらには発表当初の「エムブレムサーガ」のタイトルにも物言いが付きました。たしかに発売時には「ティアリングサーガ」なのですが、「エムブレムサーガ」タイトル時点で予約受付をおこない、かつ小売相手の受注活動をしているので、ファイアーエムブレムとの類似性を吟味する必要がありますが、高裁は

日本語の「紋章」や「標章」に対応する英語として現在一般的に用いられているのは「エンブレム」であり、紋章や標章を意味する普通名詞となっている「エンブレム」と異なり、「エムブレム」は造語的印象を受ける特徴的表記であることは否定できない。

という判断を下しています。

その上で「『エムブレム』をタイトルに含むゲームは被控訴人ゲーム以外にはない」というところに高裁は重きを置きました。つまり地裁のときであったような「エムブレム=紋章の意味」といった判断ではなく、「エムブレムはファイアーエムブレムの略称である」という判断を下したことになります。

これに対しエンターブレイン側も反論し、「エムブレムサーガのタイトル、その要部は『エムブレムサーガ』全体ないしは『サーガ』である」と主張しますが、「リグロードサーガ」「ファーランドサーガ」「ラスタンサーガⅡ」など複数存在すると再反論を喰らっており、さらにはそもそも英単語である「Saga」をごく普通にカタカナ読みをしただけであるため、商品識別力を有する要部はエムブレムのほうだ、という結論に至りました。

ファイアーエムブレムの要部はエムブレムのほう、エムブレムサーガの要部はエムブレムのほう、ならばエムブレムサーガはファイアーエムブレムと類似の商品等表示である! という判断を高裁は下しています。


ところがこれらの判断とは逆に、「ティアリングサーガの画面はファイアーエムブレムの著作権を侵害している」という任天堂の主張は、地裁のときと同じように認められませんでした。トラキア776への類似と論点を絞ってみたものの、その作戦は上手くいかなかったのです。以下、裁判所の見解です。

また、両ゲームは、待機、攻撃、その他の各行動の場面についても、共通する部分を有すると認められるが、これらの部分は、いずれも、各場面を構成する影像表現の組合せ・配列も含め、アイデアにすぎないか、創作性が認められない表現にすぎず、創作性が認められる表現についても、その程度は低いというべきである。加えて、上記各場面については、創作性ある表現において両ゲームが相違するものも存在するのであるから、被控訴人ゲームに接した者が、トラキアの本質的な特徴を感得することは困難であるといわざるを得ない。
 他方、ストーリーについては、(5-3)で判示したとおり、両ゲームで共通しているのは、抽象的な筋立てにとどまり、具体的なストーリーとしては、全体的なストーリー、各戦闘マップで展開するストーリー、ユニット間の会話のいずれにおいても相違していると認められる。また、控訴人らが主張する「本質的ストーリー」は抽象的かつあいまいなものであって、表現性を認めることはできない。したがって、両ゲームは創作性のあるストーリーにおいて、相違しているということができる。

「画面構成はよくあるものだし、細かな差異はあるし、侵害というには無理があるよね」的な結論です。ストーリーも確かに大枠では共通していますが、それは抽象的な筋立てに留まっている、ということでした。
ちなみにこのストーリーの話では任天堂側は

ゲームシステムの創作上の重要性に比すると、被控訴人らのいうストーリーの重要性は低い。特に、会話のセリフは、ゲームシステムが制作され、キャラクターが制作されてからゲームシステムやキャラクターの特徴に応じて創作されるものであり、ゲームシステムを変えることなく多種多様なセリフに差し替えることも可能である。
このように、ストーリーの重要性は低いため、トラキア及び被控訴人ゲームのプレイヤーは、全体マップ上の文字画面、戦闘前会話の画面の会話場面等をキャンセル機能によりとばしてプレイすることができるが、本質的な部分である「戦闘マップをプレイする場面」にはキャンセル機能は付されていないので、とばすことはできない。

と主張する一方で、エンターブレイン側は

ストーリーこそが最も重要であり、ストーリーが相違するのであれば、映画の著作物としてのSRPGの翻案該当性は否定されるべき

と、お互い裁判に勝つために極論をぶつけ合わせています(でも任天堂側がストーリーの重要性が低いと主張すること自体は、なんとなく理解ができそうな。すごく言いそう……)。

結局著作権侵害では任天堂の訴えは認められておらず、「著作権侵害ではエンターブレイン側は無罪、不正競争防止法違反では有罪」という判決に至りました。
なお、これは「任天堂側の一勝・一敗」という捉え方だと少し誤解が生じます。「任天堂側の一勝・一引き分け」というほうがより実態に近いかと思われます。訴えられた側はたとえ完全勝利しても一円も儲からないので。
そして実際裁判所の賠償金計算に関しても、「著作権侵害のほうは通らなかったからその分減額」……みたいな考えには至っていません。
ここの使用料率は今まで前例がなかったので、裁判所が色々と苦慮しているところが透けてみえます。

控訴人らは、控訴人らの商品等表示の使用料相当として10%を請求する。本件では、控訴人らが控訴人ゲームについて過去に使用許諾契約を行い、あるいはゲームソフトの商品等表示につき一般に支払われている使用許諾料率の慣行を認めるに足る証拠はないから、本件に顕れたすべての事情を総合して相当な使用料率を定めるほかない。
(中略)
⑤ファイアエムブレム・シリーズ各作品の販売実績についてみると、第3作で77万本余を売り上げてからは、第4作は50万本弱、第5作は10万本余とその販売本数は減少しており、ファイアーエムブレム・シリーズの続編であることを示すタイトルを付すだけでは、もはや販売実績をあげることができず、その販売実績はゲームソフト発売前の具体的な宣伝活動に左右される面も少なくないと考えられること、などの事情が存在する。これらの事情を総合すれば、控訴人ゲームの商品等表示の使用料率としては3%が相当である。
 したがって、控訴人の不正競争行為により生じた使用料相当額の損害賠償としては、同年7月8日時点での販売総額(23億4892万4000円)に、相当な使用料率3%を乗じた7046万7720円が相当である。

というわけで、賠償金は売上の3%分である7000万円となりました。任天堂はティアリングサーガの製造、販売、頒布の差止めも求めておりますが、「エムブレムサーガではなくティアリングサーガで販売を行っているのだから、不正競争行為とはいえず、差止めの理由にはならない」と却下されています。エンターブレインがぎりぎりのところでタイトルを変更したことが吉とでました。

2024/1/22 以下修正 

実はこのとき任天堂側はこれでも不服として、控訴を申し出ていますが、最高裁はこれを却下しました。もう争う余地はないよ、ということでしょうか。
任天堂が上告し、最高裁判所がこれを棄却したことで、この「同一クリエイターが他の会社で似たような作品を作った場合」の判例が確定しました(もし上告しなかった場合、任天堂が訴えられる可能性もあるわけです)。

「画面が似通ったことに対しては問題なし。しかし、続編とちらつかせて広告した・かつ非常に似通ったタイトルで予約活動をしたことは違法である」という判決です。

任天堂がそれでも控訴を求めた背景はわかりかねます。おそらくは似たような事例が出てきた場合、対処しやすいように前例を作っておきたかったのでしょうか? その試みは失敗し、現状ではゲーム間での著作権侵害の立証はかなり高いハードルとなっております。



5.終わりに


このような判決が出てゲームの歴史はどう変わったのでしょうか。その言及は法律の専門家におまかせします。
ただ言えることは、逆転裁判が出た後裁判モノが派生しても問題にはならなかったり、真・三國無双のあとの戦国BASARAも裁判沙汰にはならなかった(コーエーとカプコンは別件で裁判沙汰になりましたが。しかもカプコンが訴えた側で)ということです。だからプレイステーション オールスター・バトルロイヤルもまったく問題がありません。

ゲーム業界にはその後、特許関連と、マジコン関連で裁判の大波が訪れます。それがどのような影響を及ぼしたのかもまたいずれ記事にしたいと思いますが、取り急ぎ今回の記事はこれにて締めと致します。

ご拝読ありがとうございました。また次の記事でお会いしましょう。


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参考文献


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