パッケージとダウンロードと小売の不思議な関係と、現在のゲーム市場について
「パッケージ版のゲームよりも、ダウンロード版が売れた方がメーカーの利幅が多い」ということは、私のnote記事を読みに来る方の多数が知っていることかと思う。
では「それなら何故メーカーはパッケージ版を発売せず、ダウンロードオンリーで発売するということをしないのか?」という疑問に正確に答えることができる方はどれほどおられるだろうか?
今回の記事はその疑問に答え、かつメーカーとその中の状況と、小売の関係を解説していこう。
非常に大雑把なところから話を進めていく。ゲームソフトが売れた場合、パッケージ、ダウンロード双方でメーカーの取り分はどれほどかわるだろうか。
ダウンロードの場合は非常に簡単だ。およそ3割程度がプラットフォーマー(任天堂やSIE、マイクロソフトのことだ。これにはロイヤリティやサーバー利用料を含んでいる)に入り、残りがメーカーに入る。7割が取り分だ。
パッケージの場合はかなりややこしい。まず製造委託費として2.5割(任天堂の場合はメディア容量でこれが変わる)、小売への卸で2.5割から3割、残りがメーカーの取り分だが、これは自社流通の場合だ。中小メーカーの場合は大手メーカーに委託販売してパッケージ版を収めている。その場合、大手メーカーは取り分として1割-1.5割ほど利幅を得る。
簡単にまとめると
自社流通の場合は5割から4.5割程度がメーカーの取り分で
委託販売した場合、それは4割から3割まで減ることになる。
ダウンロードの7割と比較すると、大きく取り分が減っていることに気がつくだろう。つまり中小メーカーが委託販売した場合、ダウンロード1本売れた場合の利益はパッケージ版2本に相当か、それに近いわけだ。
いよいよもってパッケージ版を出す理由がなくなるように思える人が多いかと思う。
ここで大事な観点は「いつメーカーに金が入ってくるか」である。ダウンロード版の場合は、実際にユーザーが購入した場合だ。熱心なファンが発売日に購入してくれればいい。しかし、なかなか熱心なファンが万人単位でいてくれるとは限らない。中小ならばなおのことだ。しかし会社の運転資金は減り続ける。開発スタッフをソフト発売完了後に全員リストラするわけにはいかないからだ。次回作を作るに当たっても開発費の回収は必須だ。しかもできる限り速やかに。
これがパッケージ版だと非常に簡単になる。中小ならば委託している先の大手メーカーが「これくらい売れるだろう」と見込んだ分発注してくる。それを収めた翌月にはその分支払いが行われる。実際にパッケージがどれほど売れたかは実は関係ない。
もう少し具体的に話しをしよう。カプコンに委託販売している中小メーカーAがいたとする。メーカーAは自社の過去の人気作をSwitchに移植して新発売すると決めた。自身がパブリッシャーとなり自社で開発し、移植作業を進めていく。開発費は広告費も兼ねておよそ5000万円ほどで済んだ。メーカーAはこの5000万円を頑張って回収しなければならない。
ダウンロード版だけでこれを回収しようとすると、小売価格を6000円と決めたならざっくり12000本売れないといけない。売れるかもしれない。ただ、売れたとしてもいつ売れる? 発売日に過去作の移植を買ってくれる熱心なファンが1万人いれば楽だが、なかなかそういうわけにもいかない。たいていの場合は発売後、結構な時間経過したあと半額セールを行ったりしてじわじわ売っていくロングセラーを狙う。回収に時間がかかると、次回作に開発費がかけられないことになる。運転資金に余裕がなくなると、トラブルが起きたときに大事になりかねない。
ダウンロードオンリーを止め、パッケージ版を併売することにしよう。カプコンと協議を進め、取り急ぎ2万本の注文を貰うことができた。この時点でおおよそ4800万円の回収が確定している。運転資金的には余裕ができた。ダウンロード版が並行して売れてくれれば文句はない。
視点をカプコンに移してみよう。メーカーAに2万本の注文を行ったが、これを実際に小売に売らなければならない。メーカーAと協調し、広報活動をしつつ小売からの注文をかき集める。小売からの注文が2万本に達すればありがたいことだが、たとえ届かなくとも二次出荷、三次出荷という手段もある。売れ残りがあればざっくりディスカウントして売りさばく。綺麗に売り切った場合はメーカーAに対して再発注もあり得る。その場合はカプコンもメーカーAもがっつり儲けがまわる。
今度は小売視点だ。カプコンに営業をかけられた小売店は自分のメイン購買層とメーカーAの移植作がどれだけ訴求力を持っているか値踏みする。過去の作品の売上げや自分のところのSwitchの販売台数も参考にする。売り不足での機会損失も困るが、長期在庫になってもらっても困る。7掛けで入ってきた商品は3割引で売ったらもはやギリギリ赤字の処分価格なのだから。そうして「売れなくなるだろうリミットである発売日一ヶ月後には、綺麗に在庫0」を目指して発注数を決めていく。
こうしてみると小売店がどうやって利益を確保しているのかわからなくなる人が多いかと思う。75掛けで入ってきている製品を10%、15%引きで売っているのを見ているわけだ。そんな極薄の利幅で人件費と光熱費をまかなう必要がある。無理にもほどがあるのでは?
それを埋める要素が中古である。2000円で買い取った中古品を4000円で販売すれば粗利益率は100%だ。新品を売るのとは比較にならない高利益商材である。しかし中古の弱点はそれを扱うためには実際に売りに来る客と、そのものがなければならない。他の地域から売りに来る客はそう多くはない。メインは競合店や、自分のところで売った商材の中古だろう。つまり高利益商材を扱うためにも低利益の新品の販売に手を抜くことは出来ないジレンマが生じることになる。
カプコンを始め委託販売を請け負っている大手メーカー(任天堂やSIEもソフトメーカーの委託を請けることもある)はこうした小売の事情と深く絡みついている。小売は新品で客を寄せ、中古で利益を得る。大手メーカーは委託販売の場合、小売との間で調整を行って中小メーカーの運転資金を保証するハブとなる。一昔前の初心会系問屋の機能をよりスマートに実現した形だ。
さて、ここで「中小メーカーがパッケージ版を切れないのはわかった。でも、運転資金に余裕ある大手メーカーがパッケージ版を切っても問題ないのでは?」と思うかもしれない。例に出したカプコンで考えよう。例えばカプコンがいきなり『次のモンスターハンター新作はダウンロードオンリーで行きます』と宣言しても、そのモンスターハンター新作自身の売上げ本数は大して変わらないだろう。そして利益率は大きく上がるはずだ。
ところが小売はこういった仕打ちに敏感だ。これはつまり「小売の取り分をカプコンが独り占めした」ということになる。そして小売は「はぁはぁなるほど、カプコンさん。そういうことするわけですか。ならカプコン流通で扱ってるこのメーカーAの移植の発注は0本でお願いします」という反撃にでる。そうするとカプコンは自社で請け負っている製品が捌けず在庫で苦しむことになる。次の作品の請負本数を絞ったりすると、メーカーAは他の大手メーカーに委託してしまうかもしれない。そうすれば巡り巡って自社の売上げが大きく減ってしまう。結果、大損だ(モンスターハンターアイスボーンという大型DLCにもパッケージ版が存在する理由もうっすら見えてくるだろう)。
毎年モンスターハンターや他大型IPを出せればいいのだが、なかなかそういうわけにはいかない。安定した経営には他社の委託販売も必要になってくる。ならば小売からの協力は可能な限り欲しい。もしかしたら委託販売を請け負ったソフトが特大のクソゲー評価の烙印を押されてしまい、全く売れなくなるかもしれないからだ。その場合でも小売に出荷した分は回収可能だ。
こうした事情があるため、なかなかパッケージ版を打ち切ってダウンロード専売に、というわけにもいかない事情がわかってもらえたと思う。
しかし近年になってさらに事情が変わりつつあった。ネットオークションの興隆だ。
ヤフオク!が始まったのが1999年。当初は実名・銀行口座・住所のやりとりをメールを使って直接行っていたためハードルが高かった。トラブルもあった。しかし次第に整備され、今では実名も口座も住所のやりとりすら不要になっている。メルカリも恐ろしい勢いで普及し、スマホ一つで契約が済むようになった。
そうなるとゲームに関してもわざわざゲーム屋に売る必要がなくなってくる。大量のものを一気に売りさばくには便利かもしれないが、そうした製品はワゴンに直行するのが常だ。高利益なそこそこ新しめで需要がありそうな製品は、より高くうれるネットオークションに流れる傾向がでてきた。そうなるとゲーム屋にとっては死活問題だ。
このような状況下で注目を浴びるのが「ダウンロードカード」の存在だ。コンビニでも見かけることができる、アレだ。これの扱いはちょっと特殊だ。
まず仕入れ値はかからず、在庫としてはカウントされない。だから万引きされたところで痛くもかゆくもない。カードに書かれたコードはレジで金を払ってはじめて有効化される。紙なので場所は取らないし、操作をミスって100枚購入なんてこともない。実際にユーザーが購入することで手数料が小売側に支払われる仕組みだ。この手数料分はどれほどかは謎だが(どうやっても調べようがなかった)、Amazonで11%引きされているところを見ると、雀の涙という状況でもなさそうだ。相応にうま味がある商材なのではないだろうか。
ただしこのダウンロードカード、絶対に中古として回らないというゲーム屋としては非常に頭が痛い商材である。売っても売っても高利益の中古には繋がらない。コンビニが精力的に取り扱っているため競合しやすい商材でもある。もしこちらの方をメインに添えるとならば、今までやってきたゲーム屋の手法を全て捨てる必要がある。別業種と併売して隅にダウンロードカードのコーナーを作るような形になるのではないか(実際、中古取り扱いの古物商許可を有効活用し、金券やトレーディングカード、貴金属の取り扱いに手を広げたゲームショップは皆よく見たはずだ)。そうなるともはやゲーム屋ではないだろう。
2020年、ファミ通ゲーム白書調べで、日本市場のダウンロード版の比率は25-40%に及ぶ。
時が進むにつれ、ゆるやかにだが確実にダウンロードの比率は上昇し、いずれは逆転し、そしてパッケージを購入するほうが少数派となるだろう。そのとき小売は今の形態を維持できなくなり、別業種への転換を余儀なくされる。
それは単純に「町からゲーム屋が消える」ということだけを意味しない。
委託販売を請け負っている大手メーカーが、安定した収入源を得ることが出来なくなることを意味する。中小が開発費の負担に限界がくる可能性もある。その場合あり得る一つの未来としては、中小は無理にパブリッシャーとはならず、開発のみを請け負うデベロッパーとして生き延びる道を選ぶかもしれない。それならばパブリッシャーとなった大手メーカーが決まった開発費を渡すため、安定した経営が可能だ。今でも開発専門のデベロッパーは数多く存在する。委託販売がなくなった大手メーカーは安定した経営を求めて、今よりも多くのデベロッパーに開発を委託することだろう。それがいつ来るのかはわからないが、いずれくることが確定している未来だ。
PSPgoが発表されたとき、有名小売ゲームズマーヤの社長であるマーヤ氏はブログで
本日の「E3」での「新型PSP」の発表。
まさかスッパ抜かれていた記事がそのまま現実になろうとは
ダウンロード専用機「PSPgo」だなんて、
私達流通「お店」はもういらないって事?必要とされていないの?
http://gamesmaya.blog98.fc2.com/blog-entry-866.html
と嘆いたことを記憶している方は多いと思う。
しかしその後マーヤ氏はゲームラボのインタビューにて「お客様に直に接して商品を勧められるのは、私たち(小売)しかいない」とも答えている。ダウンロードが主流になった世界でも、小売店で出来ることはあるはずだ、という気概の表明だ。(残念ながらマーヤ氏も2018年には体調不良を理由に閉店を決めている)
現在、いわゆる「町のゲーム屋」は絶滅危惧種に近い存在だ。そして近い将来、本当に絶滅することだろう。レトロゲーム専売店として、他の業種と併売することで形を変えて生き延びていくところが多数だろう。悲しいことではある。しかしそのときでもゲーム業界は時代に適合し姿形を変え、我々ゲーマーを楽しませてくれるはずだ。
メーカー、小売、ゲーマーの関係は、これからも歴史を繋いでいくだろう。
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