人種
購買で買ったバニラチョコアイスクリームを放課後の教室でほおばって首から上をキンキンに冷やしながら若本、鈴奈、高繁、稲元たちと喋るのが俺たちの日課。ここまでがホームルーム。開け放した窓からは涼しげな風が流れてくる。
「90点以上が取れんまじで。もういっそモノマネしたほうがええんやろうかって思うんやけど」
「いやそれは微妙やろ。ビブラートきかせんとダメなんやって。あとこぶしとかしゃくれ」
「ハハしゃくりやろ。なんやしゃくれって。出た高繁知ったか」
「うっせーわざとやし。てかさ、こぶしってほぼ演歌やん。そんな歌い方したらクセ強すぎってなるやん絶対」
「かえって点下がりそうよな」
「それ。やっぱビブラート一択っしょ」
「おいしかった? バナナクレープ」
「ん。ふつう。そっちは?」
「まあ悪くないけど、168円は高けーわ。ほかのにすればよかった」
「んかがみの~なかのマリ、オ、ネット! 自分の~ためにおどりなっ」
「これおいしいけど、コーンがちょっとな。ぱさぱさ過ぎ。次は果汁高めの桃のやつにしよ」
「一口ちょうだい」
「ちゃーらーらーちゃーらららー、ちゃららららーちゃらちゃーらーらー」
「ん」
「あざっす。うん。おいしいやん」
「あ全部食うなよ馬鹿」
「もてあましてるフラストぅレイシュン。ゆがないーじーでぇーい」
「あーやべカラオケ行こーや。もう耐えられん」
「はい決定ー!」
「俺17時からバイト」
「俺今日美咲と帰るから」
「斎藤は?」
「あー俺もパス。ごめん」
「おいノリわりー。どうする? やめとくか?」
「そやなー。しゃーない、またみんな集まれるときにしよーぜ」
若本と稲元は一対一で遊べるほど仲良くはない。やっぱりな。
普段どおり崩壊するように解散を済ませた。
廊下に出ると突き当りの自習室が目に付いた。すし詰めになって眼鏡くんたちが勉強してる湿ったくっさい部屋だ。チャイムが鳴ったと同時に一定数の人間がその部屋へと駆けこむ。なんなら自分好みの席を取ろうと、何時間も前からお目当ての席に私物を置いて場所取りしている奴もいる。醜い争いだ。
自習室にさっさと背を向けて下駄箱を目指した。すれ違う生徒はいない。
首から肩にかけてマフラーをぐるぐるに巻いて垂らす。例年の十月よりも圧倒的に寒いらしい今年はそれだけでなんか苛立たしい。グラウンドからは新チームで羽根を伸ばす下級生たちの声が響いた。
正門から出る時に、出っ張った校舎部分を振り返る。そこは三年二組の二つとなりの部屋であり自習室となっている。すぐに踵を返すと駅を目指した。まだ十月だというのに吹きつける風はやけに冷たい。マフラーに顔をうずめるようにして、切りつけるそれから肌を守るようにして一歩ずつ進む。拒まれているように風は強い。駅への道は直線の一本道で、通るたび常に風が吹いている気がする。
駅に着いた。駅前にたむろする男が数人。笑い話をしながらもチラチラとガンを飛ばしてくる暇人どもだ。視野に入ったところで気にもならない。
定期を改札で駅員に見せて列車を待った。
風は教室にいたときよりもはるかに冷たく、空気は別人のように横たわる。黄色いライトを先頭に二か所光らせながら列車はホームに入ってきた。これに乗ると当然後戻りはできない。続々とホームにいる人間が吸い込まれる。その中に眼鏡の人間はいないように見える。
だからなのか、ステップに足をかけるとき、ぼんやりとした消失感を感じながら俺は毎回列車に吸い込まれる。
俺もいっそ。――俺もいっそ、かけてしまえばいいのか。
そんな意味のないことを考える。
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