拝啓 父上殿

「拝啓 父上殿」

 取っ手部分を持ち上げるときぃぃと鳴く郵便受けの不快な音を三郎が久方ぶりに聞いたのは、娘の明子からの手紙が届いたからだった。
 三郎には別れた妻との間に一人娘がいた。それが明子だった。離婚をきっかけに彼女とはぱったり音信不通になってしまい、そのまま一度も顔を会わせることなく現在に至った。

「このように改まって手紙をしたためるのは、気恥ずかしさとどこか他人行儀な気持ちがしてどうにも落ち着きません」

 三郎の記憶では最後の誕生祝いを彼女が10才のときにしてやった覚えがあり、そこから数えてみるに彼女の年齢はすでに二十歳を超え、女としての魅力が十分に成熟している頃だろうな、と三郎はしみじみ思った。

「私はというと、まだお母さんといっしょに暮しています。結婚はしていません。まだ焦って結婚をするような年齢ではありませんが、できればお父さんみたいな人が見つかるといいなあと、ぼんやり胸に思いながら毎日を過ごしています」

 三郎は前妻と別れてからというもの、再婚することもなくただ一人で暮らしていた。その生活は寂しくもあったが、ないものねだりをしたところでどう転ぶわけでもないと、妙に達観したというか諦めに似た気持ちに支配されたまま、気がつけば五十も半ばを迎えていた。
 そこに届いた思いがけない愛娘からの手紙ということで、三郎の気持ちは跳ねた。

「お父さんは元気でやっていますか? もし住所がまだ変わっていなければと思い、半分運任せな気持ちでこのお手紙を出しました。お父さんにはお母さんとのこともありますし、お母さんにはお父さんの話をしてもいい顔はきっとしません。だからお父さんに会おうとは思いません。でも、せめてお手紙ぐらいはと思い、書く決心をしました。お父さん、あなたの娘は元気です。安心してください」

 三郎は柔らかい手触りの手紙を優しく握りながら何度も頷き続けた。


「ただいまー。あれ、あんた何してるの? もしかして手紙なんか書いてんの?」
「そうよ。えーっと、これで何人目だっけ? もう、お母さん再婚しすぎ。手紙書くのめっちゃ大変じゃん」
「なによ、いいじゃない。出会いの数だけ人は強くなるのよ、なんて。それにあんた内容全部いっしょなんだから別にいいじゃない」
「内容はいっしょでも全部手書きだと疲れるの。まだあと4人もいるよ。はあ~。ほんと嫌になる」

いいなと思ったら応援しよう!