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酔っ払い(落語家の場合)
2月は暇だ。
ただでさえ元々仕事が少ない中、さらにコロナで落語会が中止になっていく。本当に暇だ。やんなっちゃう。
そんな時はもう酒を飲むしかない。
落語家になる前は、そこまで酒は飲まなかったがこの世界に入り酒の量が増えた。打ち上げがたくさんあるということもさる事ながら、飲まなきゃやってられない!ということも増えたためだ。さらに、このコロナ禍。今までしなかった家飲みまでしてしまう始末だ。
スマホをだらだら見ていると、談志師匠の名言で
「酒が人をダメにするんじゃない。人間がもともとダメだということを教えてくれるものだ。」
なんて言葉があったが、なるほどな〜と思いながら左手にスマホ、右手で酒を口に運ぶ。
最近自分の中ではまっているのが、ワンカップ大関だ。
フタの輪っかに指を引っ掛けて開ける。開ける時のあの感覚、「キュワ〜ン」という音がたまらない。手に持つとなんだかしっくりくる。手にフィットし、カップを持つと自然に口元に運んでしまうのだ。カップの舌触りもいい。おそらくだが、どんどん酒が進むように企業が努力しているのだろう。
さらに注目してほしいのが、ラベルの裏。
めちゃくちゃオシャレな絵が描かれているのだ。そのギャップがいい。調べると、たなかみさきさんというイラストレーターが描いているとのこと。僕とほぼ同年代でキレイな方だが、その見た目とは裏腹にお酒が大好きらしい。インタビューを読むと、ワンカップ大関との出会いは井の頭公園で、近くの売店でワンカップ大関を買い、近くの焼き鳥屋で焼き鳥を買って公園のベンチで呑んだのが初めてというのだから、ワンカップ大関のイラストを描くのにふさわしい方なのだ。
あまりにもワンカップそのものにも魅力があるので、普通にコップとして使い始めた。昼間それに水を入れて飲んで、夜はまたワンカップ大関を飲む。だが、それを毎日続けていくうちに次第に今なにを飲んでいるのか分からなくなり、これはまずいと思い、さすがにやめてしまった。
落語家は酒好きな人は多いと思う。
その中で、春風亭柳好(しゅんぷうてい りゅうこう)師匠という方がいる。この『柳好』という名は我々の世界では大名跡と呼ばれ、よほどの実力と運がなければ、この名前は継げないのだ。そんな柳好師匠は優しい方で、イヒヒヒという奇妙な笑い方がチャームポイント、上も下も関係なく皆に愛されている。
また東京農業大学出身で、僕にとっては大学の先輩でもある。落研に入っていた僕は当時から師匠にお世話になりっぱなしだった。よく行きつけのお店に連れてっていただいた。
「イヒヒヒ」
酔うとチャームポイントの笑い声が大きくなる。
「イヒヒヒ」
店内に笑い声が響き、この笑い声だけで師匠がいるということが分かる。
「いいお店ですね、師匠」
「みんな近くの居酒屋を出禁になっちゃって、この店に集まったんだよ、イヒヒヒ」
どんな店だよ。
師匠を見ると、本当にお酒が好きなんだなあと思う。美味しいそうに、そして楽しそうに酒を飲む。そして時間を追うごとに「酒に溺れる」とはこういうことなんだなあと師匠を見ていると実感する。店を出ると千鳥足。ドラマやアニメでしか見たことがなかった千鳥足がこんなにもイメージ通りやる人がいるんだ!と感心してしまう。
だが、さすがに危ないので当時学生だった僕でもさすがに気を使う。
「師匠、ご自宅までお送りします!」
すると、あれだけ上機嫌に飲んでいた師匠が僕に怒鳴りつけた。
「バカヤロウ!昨日今日の酔っ払いじゃねえんだ!!」
そう言って、千鳥足で帰って行く。
噺家ってかっこいいな〜と思うと同時に、こんな大人になっちゃいけないなあと思った。
そんな柳好師匠とこの間お話をしたら、さすがに酒ばかり飲み過ぎるのはよくない、新しい趣味を見つけようと、そう思ったらしい。陶芸教室に通い始めたそうだ。
だが初日、二日酔いで陶芸教室に行き、先生に教わり、いざ実践でろくろを回した瞬間に目を回して吐いてしまったらしい。
「それで陶芸教室辞めちゃったよ。 イヒヒヒ」
なんて素晴らしいお話なんだ。
そんな師匠とも、しばらく飲みに行けていない。世間の様子を見ると、もう少しだけ家飲みが続きそうで、最近の僕は毎日お家でぐでんぐでんである。
こんな大人になりたくない、そんな大人に僕は今、なりつつある。