フレンチへ。
フレンチのことなんか、なあんにも知らないのだ。
おそらく食べたこともなかった。
そんな僕が、カミさんと初めてフレンチに行ってきた。だからと言って高級フレンチを夫婦で着飾って、優雅にフフフだとか、ハハハと笑って、小洒落たことを言い合いながら食べたわけではない。たまにある庶民にも優しいお値段の庶民に合わせてくれた料理を提供するところである。そこのレストランのランチが1000円ちょっとという優しすぎる値段で、食べログを見れば絶賛の嵐。ここは期待できる。
店に入ると賑わっており、ほぼ満席。一席だけ空いている。店の奥様は小洒落た感じで、ショートが似合う笑顔が素敵なマダムである。
これは、期待できる。
魚料理を注文すると、まずスープが出てきた。野菜がたくさん入った具沢山スープで量も多い。ケチケチしてないところなんて、最高じゃないか。妻と微笑みあいながら、「美味しそうだね」と言い合って一口食べた。
あれ?
全然美味しくない…。
なんだこれは?
小松菜でもほうれん草でもない青い葉っぱのなぞの野菜があって、これが絶妙に口に合わない。妻も同じようだ。
周りを見渡す。
みんな優雅なランチである。
俺たち夫婦だけか??
しばらくすると、魚料理がきた。ぶりの焼いた上に柔らかく煮たポテトが載っている。手羽元が2本もついてあって、人参もどすんとある。これは美味しそうだ。さっきのスープは口に合わなかったが、こいつは期待できる。
まずはぶりだけを食べてみよう。ナイフとフォークで切り分けて、一口食べた。
美味しくない…。
美味しくないというか、口に合わない。
そして、ポテトとぶりを一緒に食べて気づいた。
こいつポテトじゃない。
りんごだ。
みんな聞いてくれ。
ぶりの上にりんごが載っていたのだ。
りんご農家のせがれからしたら、衝撃的である。
トロトロに煮た甘いりんごが載ってやがる。
見た目は美味しそう。
だが、しかしこれが口に合わない。
りんごはそのままでいいよ。
他にライスがついていたのだが、それは季節に合わせた栗ごはんであった。フレンチではこんなものはないのだろうが、我々庶民に合わせてくれた料理なのだろう。その栗ごはんは、おそらく何か洋酒を入れて炊いているのだろう。お酒の味はもちろんとんでいて、洋酒の香りだけが残っている。
だが、その香りが絶妙に邪魔なのだ。
僕ら夫婦はテーブルに横並びで座っていたのだが、少し前に相席で目の前に50代ほどの男性がやってきて座っていた。どうやら、常連らしく店のママと楽しそうに談笑している。
その人にもスープがやってきた。
この人は一体どう思うのだろう。僕はバレないように男性の食べる瞬間をこっそり見ていた。
ガブガブ食うのだ。一人だから、なにも言葉を発しないが、誰か友達ともし一緒ならば、やっぱりのこの店の料理は最高だね!と言わんばかりにガブガブ食ってるのだ。
どういうことだ。目の前の人も、周りの人もこの料理を食べて満足している。なにより、奥様の素敵な笑顔。
自分たち意外は美味しそうで、自分たちは理解できない。
まるで、ホームステイ先の料理を食っているような感覚である。
ホームステイ先でパーティが開かれ、みんなが楽しそうにしている中で、全然口に合わないものを食わされる。我々夫婦は、せめてこの口に合わないというのを共有したかった。隣同士なんだから、共有できるはずだった。
でも、今は相席だから。目の前にこの料理を美味しそうに食べているパーティの参加者がいるのだ。我々はなにも言えない。さらに、常連さんのところにママがよくくるのだ。
「最近どう。仕事は忙しい?」
なんて会話をしているのだ。
その横で、
「味合わないね」
「そうだね。帰ろうか。」
そんな会話はできないのだ。
いい大人なのだ。
「美味しくなくて残したわけじゃないよ。単純に量が多くて食べきれなかったんです。ごめんなさいね。」
くらいの量までは食べなければならない。
会計の時、厨房を除いた。どんな人が作っているのだろうと、変な薄汚れたじいさんなんじゃねえかと思ったからだ。だが、そこに立っていたのは、シュッとしたダンディ中年であった。おそらくご夫婦だろうか。その方は、「どこかのフレンチで何年かしっかり修行してきましたぜ」みたいな出立ちと腕まくりをしている。
「ごちそうさまでした。」
「またお越しくださいね。」
ホームステイ先のとびっきりの笑顔を浴びた。
最近よく、日本が大好きなの外国人が日本へ来て、いろんな体験をして、お世話になった家で日本の家庭料理を味わうというのをテレビで観る。
「お口に合うかしら。どう、美味しい?」
素敵な笑顔でお母さんが聞く。それに対して外国人が、
「グッド。」
なんて言っているのを観るが、絶対嘘だと思った。家族が集まる逃げ場のないあの場所で誰がマズいと言えようか。
フレンチ。
たまたま合わなかっただけなのだろうか。
今の僕は、分からない。