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パラパラめくる〈第1話〉

【あらすじ】
 学生時代からコミュニケーション能力が低く、人付き合いが苦手な渡辺の居場所はいつも図書館であった。私語厳禁という、余計なコミュニケーションをとる必要のない図書館は彼女にとって心地よい居場所だったのだ。 
 大人になってからも図書館で働くことを選んだ彼女だったのだが、実は本が嫌いであった。それが理由で今まで以上に殻に籠る生活をすることになる。
 そんなある日、落書きをされた本が見つかった。子どもの落書きでもなんでもなく、大胆にもパラパラ漫画の落書きであった。彼女は、図書館という本だらけの空間に、自分の気持ちと共感してくれる本嫌いがいるのではないかと興奮する。これを描いた作者とならば繋がれるに違いないと思い、人生で初めて行動に移す。


 図書館という場所は私語厳禁である。だから、コミュニケーション能力の極めて低い私が働く場所として適した職業である。だって私語厳禁なんだから、コミュニケーションだって他の仕事に比べたら少ないはずである。そう思って働きはじめたのだが、イメージと違うことの方が多かった。
 まず驚いたのが、図書館は思った以上にうるさい。
 もちろん、働く図書館にもよるのだろうが、私が働いている図書館は、区が運営している5階建ての地域センターにある。1階と2階が図書館で、近くには小学校があり、子どもたちの出入りがとても多い。特に放課後になると、地域センターの前は子どもだらけになる。地域センターの前はちょっとした広場になっており、噴水があったり、木のベンチとテーブルがあったりと、子どもたちが遊ぶのにちょうどいい場所になっているのだ。
 じゃあ、その木のベンチやテーブルは子どもたちが占領してみんなで遊んでいるのかと言えば、実はそうでない。近所の暇なじいさんたちがそこで朝から晩まで将棋を指しているのだ。
 はたから見れば、この広場では子どもとお年寄りが同じ空間を共有していて、まるで昭和のようだ。とても素敵な場所だなあと勘違いをするのだが、実際はそうではない。お互いに全く干渉しないのだ。
 じいさんたちは、「子どもらはうるせえ、少し静かにしろよ」と思っているし、子どもたちは子どもたちで、「あそこどいてくれたら、みんなでゲームできるのに」と思っているのだ。ちっとも素敵な空間ではない。
 そんな具合で子どもたちは、地域センターの広場から図書館の入口前まで侵食しており、遊び声が図書館に漏れてくる。それに関してはまあ仕方がなく、図書館側もこれに合わせて、入口すぐ左手には児童書や、絵本、読み聞かせのコーナーを設置している。さすがに図書館には子どもたちは入ってこないが、いつでも親子連れが多い。そこで、お母さんが子供に読み聞かせをしている様子をよくみるものだ。
 さらに、利用者はお年寄りが多く、スマホが鳴るやら、それに普通にでるやら、どうでもいいクレームを大声で入れるやらで、こんな具合に図書館は思った以上にうるさいのだ。

 そして、図書館で働いている人は、子どもの頃からの読書家で、学生時代は教室の隅で本を読んでいるメガネをかけたあの子が、働いているに違いないと私は思っていた。だって実際に私がそうであるから。
 確かに文化系は多いのだが、元運動部の体育会系だっているし、コミュニケーション能力の高い明るい人も多い。本の話ばかりしているのかと思ったら、「今度の休みはライブに行く」だの、「彼氏とケンカした」だの、本の話は意外としないものだった。それに関しては、私にとっては好都合で働きやすいものだった。

 なぜなら、私は本が嫌いなのだ。

 理由は大したことない。単純に活字が読めないのだ。細かい文字を見ていると、眠くなってしまう。せいぜい読めるものと言ったら、自己啓発本くらいで、いろんな文字のフォントがあって、いろんな色もあって、がちゃがちゃしている方が私は安心するのだ。それだって、図書館で働いているから、一応なんか読んでおこうかと無理くり読んでいるのだが、全部を読めた試しはない。
 だから、本の話がないのは私にとっては好都合なのだ。太宰治であるとか夏目漱石であるとか、一般教養としては知ってはいても、どんな物語なのかはまるで分からない。イメージと違って良かったと、しばらくの間働いていたのだが、人生そううまくはいかないものである。
 コミュニケーション能力の低い私は知らず知らずのうちに、変な空気感を醸し出していたようだ。みな、私に対してなんと話しかければいいのか困っていたのだ。私的には、髪はいつも束ねてポニーテールにし、中肉中背のメリハリのない体に無地の襟付きのシャツに黒いズボンを履いて、相手様に不快感は与えないようにしているのだが、空気感は変えることができないらしい。
 一緒に働く職員たちは、私と二人になると気まずい時間に耐えきれず、とりとめのない会話のテーマとして本の話をしてくるのだ。「今あの本が話題だよね」だとか、「最近あの本の貸し出し多いよね」など、まるで天気の話のようにこの会話で、間を繋いでいく。この手の質問は全て苦痛なのだが、その中でも「オススメの本はある?」なんて聞かれたらたまらない。
 こっちはあたふたしながら、最近読んだ興味もない自己啓発本のタイトルを思い出し、それを伝える。一瞬の沈黙が訪れる。まさかむこうも、オススメの本で自己啓発本をすすめられるなんて思っていないだろう。「え、そっち?」という心の声が聞こえてきそうである。だが、会話を止めてはならない。むこうはそう思って、慌てて返してくれる。
「あ、私も好きです!でも、本だけ読んでそれで満足して全然行動しない人いるじゃないですか。私、嫌いなんですよね。渡辺さんもそう思いません?」
気をつかってくれたその言葉に対して、どう答えていいのか分からない私は、素直に答えた。
「私も全然行動しない人だよ。」
しばらく間があいた後に、彼女は小さく「お疲れ様です」と言って、その場から去って行った。それから、彼女が話しかけてくることはなかった。
 イメージと違うことはあったが、結果的に私とコミュニケーションをとる人はいなくなり、みな私とは最低限の会話しかしなくなった。私語厳禁とかあまり関係なく、結局はどこで働いてもこうなっていたのかもしれない。
 本が嫌いで、それでも本に囲まれながら働く私は、仕事の楽しみを感じることはまるでなく、淡々と働く日々であった。もちろん、心が踊ることなんてない。そこに、なんとも言えない心地よさを感じており、私はそれなりに満足していた。
 だから図書館で働いていて、まるでページをめくるように、私の心模様がパラパラ、パラパラと変わっていくことになるとは、思いもしなかった。


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