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平家物語のわき役

祇園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
沙羅双哀の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯春の夢のごとし。

皆さんご存知、平家物語の開巻第一の文章である。

落語では『源平盛衰記』という演目で、馴染みがある方も多いだろう。落語家はもちろん、落語ファンの方であれば、この演目はよく聴く。僕も寄席で修行しながら、よく聴いた。

ひとえに平家物語と言っても、ジャンルによってまるで違う。講談では、情景描写たっぷりにダイナミックに演じられ、歌舞伎であり浄瑠璃であり、それぞれの平家物語の形がある。

落語は特に違う。もちろん、源平の合戦について語るのだが、

「おごれる人も久しからず!

私もおごったことはあります!

寄席の帰り道とか‥」

おもいっきり脱線する。脱線しては本編に戻り、戻ったと思ったら脱線する。
笑いどころ満載で、それが落語の良さなのだが、平家物語で感動したいと思ってた人が聴いたら発狂するだろう。

この間、ちひろ美術館へ行ってきた。

これも脱線してしまった。だが、ちゃんと本編に戻るので待ってほしい。
東京にある、ちひろ美術館は世界で最初の絵本美術館として絵本作家のいわさきちひろや世界の絵本作家を紹介しているところである。

ふらっと行ってみたのだが、そこではいわさきちひろの他に、瀬川康男の展覧会をやっていた。
「瀬川康男って誰だろう?」

ちひろ美術館のホームページによると、今年は瀬川康男 没後10年の展覧会だそうだ。
1960年に初の絵本『きつねのよめいり』を出版。3作目の『ふしぎなたけのこ』で第一回BIBのグランプリを受賞‥詳しく知りたい方はホームページへ。
https://chihiro.jp/tokyo/exhibitions/95411/

チケット代の元を取るために一応みとくか。そんな気持ちで展示室に入ったのだ。


『絵巻平家物語』


これが凄かった。
もう圧巻だ。
口あんぐり。

平家物語を絵本にしたもので、文を書いた木下順二さんが平家物語で面白いと思った人物たちを一冊で一人ずつ書いてある。

展示ではあらすじの文章、そして瀬川康男が書いた絵巻の絵を抜粋して展示してあるのだが、最後の九巻「知盛」が凄い。

「知盛」のあらすじはこうである。

平知盛は、平清盛の三男。

清盛の義兄が、「平家一門ではないものは人間ではない」なんてことを言っちゃうくらい、平家は全盛をほこっていた。

「昇太一門ではないものは人間ではない」

そんなことを高座で僕が言ったら、その瞬間に僕は一門から、うん、はずされる。
だから、よっぽどの全盛だ。

しかし清盛の死を期に、栄華をきわめた平家は、没落の坂をころがりおちていく。
知盛は負けることをしらぬ大将軍。
だが、都落ちした平家。知盛も次第に気弱になっていく。
源氏との一ノ谷の戦いでは、なんと目の前で息子が討たれたにもかかわらず、その場から逃げてしまう。

「もしこれが他人のことであったなら、どれほど腹がたち、どれほどののしりたく思うかわかりませんのに、わが身のこととなれば、これほどまでに命はおしいものかと、いまこそ身にしみてわかった気がします」

地獄の底にある思いの幾日かすごすうちに、知盛は自分の力をふりしぼり、平家一門を率いることを決意する。

そしていよいよ義経軍との最後の決戦、「壇の浦の戦い」が始まる。

海のいくさで、平家はその戦い方に慣れている。知盛は滅亡を予期しつつも、潮の流れがこちらに有利な東流である二時間、

この二時間に平家一門の命運をかけ、知盛は大号令をかけた。




しかしそのあとは、誰もが知る歴史的な結末を迎える。

平家が全滅し知盛が死ぬまでの絵が展示されている。みていると、この世なのか地獄なのか分からない。みてる自分も今どこにいるのか分からなくなる。それほど絵に没入していく。


僕は主人公よりも、わき役の人生というのが人間臭くて好きである。落語もそうだ。落語には、正義のヒーローは出てこない。普通の物語では主人公にならない普通の庶民が主役なのだ。

知盛もそうだ。平家の大将の一人ではあるが、清盛や頼朝や義経・弁慶のような歴史上の主役ではない。
そんな平家物語のわき役である知盛を圧倒的な絵と文章で圧倒的な主人公として描いたこの絵本はとてつもなくおもしろかった。

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