正義のヒーロー
仙台花座での兄弟会が終わった。
兄弟子の昇市兄さんは先に東京に帰り、僕はある目的地に行くために宿舎にもう一泊した。
我々落語家は日本全国どこでも行く商売。
そのため交通費や宿泊費が浮くので旅先として指定するにはなかなか骨が折れる場所にでも行けてしまう。
翌日、仙台駅から高速バスで約90分。ついた先は登米市。どんな町なのだろう。ぷらぷらしていると、市役所にこんなポスターが貼ってあった。
「登米無双2」
なんだこの映画の内容が全く想像できないポスターは。しかも2て‥。僕が知らないだけで人気なのか?
また、すぐそこには、
「登米無双3」
さらに続編があった。僕が知らないだけで人気なんだ。町おこしに熱心な町だということは分かった。
そこから、更に目的地までバスに乗る予定だったが、すでに本日のバスの運転は終了。仕方なくタクシーで移動。どんどん上がるメーターにびくびくしながら、ようやく目的地に到着。
石ノ森章太郎ふるさと記念館
皆さんご存知、石ノ森章太郎。世代ではない僕でも知っている。仮面ライダー、ゴレンジャー、キカイダー、サイボーグ009などの生みの親。
ここに来ようと思ったきっかけは、この間行った水森亜土展だ。そこで見つけたチラシ。
改めて見ると、デザインとしてカッコいい。子ども心をくすぐるカッコ良さがある。ヒーローはやはり、カッコよくなければならない。
うん、カッコいい。
だが、現実には正義のヒーローが登場してほしい時に正義のヒーローは現れないものである。
仙台の花座は、長いと5日間の興業である。真打の師匠をトップとして、4人の落語家そしてお囃子のお姉さんといったメンバーで構成される。普通こういった興業の場合、ホテルに泊まる。ところが花座は専用の宿舎がある。
お囃子のお姉さんは別の宿舎だが、男4人の落語家は同じ宿舎。つまりプライベートの瞬間が1秒もないのだ。これは辛い。メンバーによっては地獄だ。下っぱであれば、なおさら。真打の師匠が誰なのか。そこが一番重要である。
僕が初めて行った花座は辛かった。その時の真打の師匠は、もはや怪人であった。怪人シンウチだ。この怪人シンウチは自分の私利私欲のために、後輩にプライベートの時間を全く与えないのだ。
怪人シンウチは言った。
「部屋飲みをしよう」
やはりきたか、そう来ると思っていたぞ。
更にしばらくすると、
「みんなでYouTubeを見よう」
部屋飲みをでYouTube。つまりこれは終わりのみえない軟禁状態だ。怪人シンウチは顔を真っ赤にして食い入るようにYouTubeを見ている。
見ている動画は懐かしのCM集。だが、怪人シンウチとは年が20コ以上も違う。
僕からしたら何も懐かしくない。懐かしくないCMは、それはただのCMだ。辛い。
この次に始まったのが年代別のCD売上ランキング。これは僕でも楽しめるぞ、良かった。
「おお!ここで宇多田ヒカルか!」
「サザンはこの年代でもくるかー!」
だが、しばらくすると酔ってるので同じ動画を見だすのだ。
「おお!ここで宇多田ヒカルか!」
さっきもきてたよ。
もうだめだ。初日は我慢したが、もう3日目。明日もこれがあるのかと思うともう限界だ。朝も早い、助けてくれ!仮面ライダー!!
その瞬間、外からバイクの音が。
ブルルルン、ブルルルン、ガシャーン!!
窓を割って、仮面ライダーがやってきた!
「後はまかせろ!」
怪人「誰だお前は!」
ライダー
「これ以上、昇りんくんに危害を加えるな!」
怪人
「なんだと、お前も一緒にCD売上ランキングを見るんだ!」
ライダー
「そうはさせるか!ライダーキック!!」
怪人
「うわわわーー!!!」
ドカーン!!!
そんなことはもちろん起きるはずもなく午前2時、本日3回目の宇多田ヒカルが流れた。
展示を見終わり、外に出ると雨が降っていた。今はもうそんなことを考えなくてもいいのだ。仙台に1人残って自由に行動ができるなんて当時は考えられなかった。
いい旅だった。よし、帰ろう。バイクに乗って‥いや、タクシーのメーターにびくびくしながら。