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人間欲してるときは手に入らないのに、何も考えてない時には舞い込んでくるものだ【靴の底 #28】
「結婚式どうでした〜?」
湘南に住みだしてから通い出した近所の美容院に入店したとたん、美容師のユキさんが笑顔で迎えてくれた。
湘南の人の特徴はとてもフレンドリーな人柄なところだろう。
「もう二度としたくないです・・・」
思ってもみなかった私の回答にユキさんは戸惑った顔をした。
「ええ!?ぶじ、なにごともなく、おわったんですよね?」
「台風の影響もなかったので、ぶじっちゃ、ぶじですけど・・・疲れました・・・」
この半年の結婚式準備を振り返り、げんなりする私を席に座らせて「今日はバッサリ切っちゃいます?」と鏡越しに問いかけた。
結婚式のために伸ばした髪の毛。
「ええ!ばっさりショートボブで!後ろは刈り上げちゃってください!!」
「切って!次に進みましょう!!」
結婚式が終わり数日が経った。
怒涛の日々は本当に忙しく、旦那とはたくさん軋轢を生み、そして修復を繰り返しながらも成し遂げた結婚式。
今後、結婚式について書くこともあるかもしれないが今は少し休みたい・・・。
そういえば結婚式前にはじめての保護猫が里親さんのもとに旅立っていった。心を開かなかった黒猫は二ヶ月の間で人に対して自身を持つようになり、最後の方には来客に挨拶もできるようになった。
保護猫は自分自身の鏡のようで、変わっていく猫の姿にあたたかさと勇気をもらった数ヶ月だった。
さらに結婚式から数日後には新しい保護猫が我が家にやってきており、ずっとの里親さんをまっている。
二匹目の保護猫は度胸と適応力がすさまじく、あっという間に我が家のソファを占領し、愛嬌を振りまくお嬢様になってしまった。
「結婚式も終わって、しばらくはゆっくりできるんですか?」
長い髪を大胆に切りそろえていくユキさんが手を止めずに語りかけてくる。
「いやーそれが、仕事がきまっちゃって・・・」
「え!おめでとうございます!」
「いやーおめでたいのかなぁ」
本当にたまたまというか、流れに乗っていたら仕事が決まってしまったのだ。
時間が空いてしまったこの頃、持病もある、妊活もしなくてはいけない、湘南から東京までの通勤は正直できないから在宅勤務がしたい。などなど、いろいろの制約があるなか、なんとなーく前登録していた派遣会社で求人を見ていた。
旦那も今までの私の働き方を見ていたから「なんか派遣で在宅の仕事があればいいね」と言っており、夫婦揃ってそこまで私の職探しに本気をだしていなかった。
ただ、今までの仕事のスキルと経験は活かしたいなぁと思っていたところに、派遣会社から「社内選考でポートフォリオ提出がありますが、やってみませんか?」と声がかかり、こんな企業さすがにムリだよね〜まぁ暇だからやってみるかぁ〜と思いながらもポートフォリオを提出、社内選考に通過して、職場見学からの就業依頼が来てしまったのだ。
「人間って、欲してるときは手に入らなくて。なんとも考えてないときに何かが降ってくるものなんですねぇ」
「と、言いながらあまり仕事に乗り気じゃない?」
「いや〜本当に予想にしてなかったことで、まだ実感してないんですよね」
「そんな時ってありますよね。ってか、フル在宅?」
「そうみたいですね。仕事柄めずらしいのでありがたいっす」
派遣社員の働き方は社会問題でもあり、情勢の話題にもなる。
ただ、さまざまな事情を抱えた人間の救いになることもあり、当事者としてはなんとも言葉に表せない。私自身、名前ではなく「派遣さん」としか呼ばれない企業や働き方も経験し、正直悔しい思いをしたことも事実だ。
けれども、派遣は人ではなく派遣会社の商品(モノ)で、スキルと経験で判断され、選別されていくから、黙々と仕事をして得たものは思いも寄らないときに、大きなものを惹きつけたりするのかもしれない。
「まぁ、正直大変だと思いますけど、仕事頑張ります」
「葉子さん・・・前より元気になりましたね」
「いやー結婚式が大変すぎて、このままじゃダメだな!って思っちゃって」
「じゃ、結婚式やってよかったじゃないですか」
「さぁ、できましたよ!」
鏡の中には、違う自分が写っていた。
「さっぱりしました。髪を切ると全部落としたような気がします」
「似合いますよ!短いのも素敵!」
髪を切ると照れてしまうのは子供の頃から変わらない。
お会計を済んで、外に出るとまだまだ真夏の日差しが照りつけてくる。
日常は本当にあっという間に変わってしまうものだ。
「あなたを一言であらわすならなんですか?」
「チャレンジ精神がある、陰気な女です」
自分を取り繕うことなく、素直に言えるようになったんだから、大人になった証拠の質疑応答だった。
職場見学のあのシーンを思い出して、笑ってしまった。