タラタラ喋りが集めた人たち 【靴の底 #17】
「ほんとに葉子はタラタラ喋りだよね!」
同級生のちーこの言葉にクラスの女子達がクスクスと笑い出した。
「そうかなぁ。あんまり考えたことないけど」
「ほら!また、タラタラ喋り!なんでそんなにゆっくり、のんび〜り喋るの?働き出したらシャキシャキ話さないとバカにされるよ!」
ちーこは中学生なのにもう働くことを考えているのか、ちょっと斜め上の考えがよぎったが問題はそこではないのだ。
小さい頃からみんなに指摘されるこの喋り方だ。
舌足らずではないが、どうやら独特の話し方をするらしく、自分では気付かないが人よりのんびり、ゆっくり話しているらしい。それが聞く人にとってはおもしろいらしく、こうして時たまに指摘され、笑われる。
ま、小馬鹿にしたような指摘と笑いは気になるが、これが私なので治すこともせずに三十路を過ぎた。話し方ひとつを笑われたとしても、私がよければそれで良いのだ。
あれから東京に出てきて、旦那に出会うと「きみのその話し方は愛らしいなぁ」と言われた。
「あ、タラタラ喋り?みんな言うんだよねぇ」
私の反応に旦那は「かわいい話し方やなぁ」と何度も繰り返し、ごくりと飲み込んだように私のタラタラ喋りを受け入れてくれた。
指摘せず、笑わず、ごくりと飲み込んでくれる人もいるもんだと思い、歳をとるのも悪くないと思った。
あれから数年たち、私たちの生活はタラタラ喋りが日常になったこの頃。
一ヶ月に一度我が家で開催する異国ご飯会「クリーニング屋の集い」で、イタリア人のベッピーノが日本語学校の教科書を開いて天を仰いだ。
「あ〜日本語むずかしい!!」
「特に、漢字だよね。もう見て、聞いて、触れるしかないよ」
ケニア人をはじめ、ある街のクリーニング屋のおばちゃんに声をかけられた留学生たちが日本語のむずかしさを日本語で愚痴をいう。
「けど、葉子さんの日本語。とても聞きやすいよね」
中国人の女の子が愚痴を遮った。
「うん!葉子さんの日本語、わかりやすい。発音もスピードも聞き取りやすいから勉強になるよね」
他の子たちも頷いているので「えーそうなの?」と台所仕事の手を止めて会話にはいった。
「私の話し方、日本人からはタラタラ喋りって言われるよ」
「たらたら・・・?どういう意味?」
「ん〜ゆっくり、のんびりっていう擬音語かな。日本人からしたら、タラタラ〜って喋ってるように聞こえるんだって」
新しく聞いた擬音語を一斉にメモ帳に書き取る留学生たち。みんなとても勉強熱心だ。
「私たちにとったら葉子さんのタラタラ喋りはありがたい!日本語の先生です!」
こんなところで幼い頃から笑われていた指摘が役に立つなんて。
自分では気にしていなかったが、あのバカにしたような笑い声がまだ胸の奥に残っていたんだな。人生、生きていたらいつの間にか認めてくれる人に出会えるとは時を歩まないと分からないことだらけだ。
「今日は『タラタラ喋り』っていう日本語おぼえたね」
新しい日本語また一つ覚えた!何度も何度も繰り返し言葉にする彼らに「たぶん、そんなに使わない・・・」と付け加え、もう一度台所に戻る。
「日本だけが世界じゃないな」
旦那がニヤッと笑って、隣に立つ。
「タラタラ喋り、世界を一つにする」
「世界は小さく、広いな」
スペイン産とフランス産の生ハムを丸い皿に盛ると彼らの一人を呼ぶ。
「おーい!だれか、取りに来てー!」
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