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名もなき、バス最終編③

わたしはただ、
幼少期も結婚をして家庭を持った時も、笑顔に満ち幸せを感じ、ただ平穏に生きたかった。

その願いも虚しく、わたしの人生はいつも悲しみの嵐に包まれ、いつだって“わたし”を探し求めていたけど結局答えは見つからずいつも過去を後悔。
今も後悔。
そして多分未来を生きても、何をしてもわたしはいつだって満たされず、不安と不満に生き、変わらない。

わたし自身が変わる努力をしなかった、いや、出来なかった。
自信がないから。
わたしがわたしを信んじれなかった。
もし、努力をしても叶わなかったら?
自分の価値が見出せなく、生きていく意味がなくなったら?

やりたい事もあったのに、昔母親に言われたセリフがいつも呪いのようにわたしの全身にしがみついて離れ無い。
「あんたは何をしても出来ない。無理」

こんな言葉、跳ね除ける精神あると自負していたのにここを出ようとする度に出れない理由が出来たり作ったりして、結局出なかった。

その度に自分の無力さを痛感し、ますます自分はダメ人間なんだとやけくそにもなったし、生きている意味、存在価値もわからなくなったままその事にも気が付かず、子供を授かり、初めての育児に翻弄し、泣き止まない我が子を前に旦那と実母の抱っこには眠る我が子を見る度に、ますます自分はいらない人間だと感じた。

周りのお母さん達は笑顔で楽しそうに育児をし、その姿もわたしにはない姿で見るだけでも辛かった。
そして新米母のわたしに、辛いアドバイスもする人達もいる中で、間に受けてしまうわたしは流す事をせずに、さらに自分を追い込む形となった。

ますます劣等感に苛まれ、1人の人間としても、そして母親としても落第。

わたしの心の叫びは誰にも届かなかった。唯一言えた相手にも響かず、自分1人耐えるしかなかった。

まるで針金を手足くくりつけられ、逃げようにも恐怖と痛み、屈辱の塊に包まれ、それを周りの行き交う人達は誰1人感心がなく見てみぬふり。

そしてわたしは、死す。

揺れるバスの中で自分の押さえていた感情が溢れだした。

「そうだった。わたしは精神が壊れ何をしても泣き止まない子供の首を絞めた。殺すつもりじゃなくて、ずっと続いている泣き声をやめさすためだったけど」
思い出してくる過去と同時に映像も流れた。
それを見ながら、涙が溢れた。
「だけどあの子はいつも泣いていたのにわたしが手を首にかけた途端笑った。可愛い顔で。やっと、やっと自分がする事がこの子の未来を奪うとわかってわたしを取り戻した。でも今のわたしじゃまたこうなる、誰も助けてくれない、逆にわたしがいない方がこの子にとって良い母親が見つかって幸せに暮らせるかも。わたしさえ、いなければわたしさえって、だから」

そうか。わたしは自ら恐怖と悲しみの中で命を絶った。
絶つ時、一瞬ためらった。
もしわたしが再生出来るなら、この子と笑い合って小さな幸せを感じる事が出来るなら。

でも仕事で忙しい旦那は、わたしの心の叫びは知ってるし、責めはしなかった。

でも何もしてくれなかった。

早朝残業、出張は当たり前。
休日でも家でpcで仕事。
実母は頼るわたしを非難した。
サポートだって、お金も安いとは言えどと頼る度に出費は痛いし、尚且つ人材不足もあって頼めなかった。

どこに頼ればいい?
それとも頼らないといけない母親は失格?

もう、解放したかった。
それが後押しになり、わたしはわたしの人生を終わらせてしまった。

映像を見るとどこか他人事に感じるけど、心が苦しい。涙が止まらない。
すると運転手が、
「後悔してますか?」
その問いにわたしは、
「わかりません。何が正しくて間違っているのかわからないけど、ただわたしはなんだったんだろう?」
次から次へと溢れる涙が頬を流れた。

#小説 #ワンオペ#過去#孤独#自ら

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