京都五條楽園のグランドレベル
京都市内には、五條楽園という名前のエリアがある。2010年代前半まで、花街として栄えお茶屋や旅館が林立していた場所だ。ちらほらとだが、webサイトのブログでは花街の文脈でこの土地について語られている。確かに、このエリア一帯の住宅は、大正から昭和にかけて建てれたため、住宅の外観のタイルや丸窓、洋風の装飾が目に留まる。かつての煌びやかな雰囲気はそのような記号になった物から見えてくる。
寂しい時や座っていることに疲れた時や気持ちを切り替えたい時、外に出てこのエリアを歩く。そうすると、このエリアの豊かさが見えてきた。それは、花街として彩られた住宅街の一角にあるコワーキングスペースを利用したことがきっかけだと思う。
住宅の窓からぽつぽつと灯りが漏れる頃、住宅街を歩いていると「UNKNOWNKYOTO」という看板を出した建物が見えてくる。
UNKNOWNKYOTOは、宿泊とコワーキングスペースの機能を持つ複合施設だ。かつてはお茶屋として利用されていた建物をリノベーションした建物で、外観はかつてのお茶屋の風情が残る。例えば2階は宿泊施設に改装されているが窓の外にある木製の欄干はそのままで、今にも舞妓さんや利用客が顔を出しそうな雰囲気を醸し出す。木製のガラス引戸を開け、玄関に入ると1階のコワーキングスペースと中庭が見え、その奥に運営スタッフスペースと宿泊棟の扉が見える。隣には別の入り口から入れるレストランがある。2階は、宿泊スペースとなっており、1階のレストランと奥の宿泊室にまたがるようにして床が敷かれている。1階のコワーキングスペースは、利用会員と宿泊客だけでなく、ドロップインで利用することもできる。
ぼくは、家以外の場所でも時間を過ごしたいと思い、作業もできるコワーキングスペースを探していたことがきっかけで土日の週末にここを利用するようになった。時期によっては、平日の夕方以降も利用していた。ここは24時間利用できるからだけでなく、居心地がいい。
内装には、当時使用されていた柱や梁がそのまま利用され剥き出しのまま補強され利用されている。柱や梁といった剥き出しの建物の構造材は、明るい茶色ではなく、暗色に着色されている。(当時から同じ色かもしれない。)また、京都南区では泰山タイルという材料が製作されていた。タイル生産の地域の近くだったこともあるのか、床や壁などにトーンの低い赤色や青色など様々な色のタイルが利用されている。また、オフィスの蛍光灯のように全てを照らす明るさではなく、陰りを残すようなペンダントライトやダウンライトといった照明が使用されバランスをとっている。そのように、全体的に雰囲気は落ち着いている。中央には、最大で8人程度が利用できるであろう大きな机がある。窓際や壁側には長机があり、利用者は横に並んで作業を行うことができる。
また、利用者の椅子は一脚一脚形が異なり、様々な特性を持つ。お尻を包んでくれるものもあれば、素っ気なく板が張られているだけのものもある。初めは、色々な椅子を使ってみたが、利用頻度が増えるとお気に入りの椅子が出てきたりする。今日はこの椅子に座ってみよう、あの椅子は使えそうかなと思うこともある。
お気に入りの椅子が見つかると、利用客の中によくいる人わかったり、会釈やたまに気が合えば挨拶程度を行うこともある。ただ、周りの人がどんな仕事をしているのか、わからない。席を立ちトイレを利用する時や休憩するときにふと顔を上げたとき、PCに向かっていることか本や何かを書いているということだけがわかる。コワーキングスペースでは素性の知らない大人や学生であろう人が各々の仕事や趣味に没頭している。BGMはなく、カタカタとPCのキーボードを打つ音や、ペンを走らせる音が響く。
昼以降は、壁と一枚の開戸によって隔てられている隣のレストランから、利用客の談笑や店長の高らかな笑い声が響く。2階の宿泊室からは、宿泊客や賃貸利用客の足音や扉を開ける音が響き、わずかに生活の気配がする。ここでは、時間帯によって人が入れ替わるが、ほとんど交わることはなくそれぞれの息遣いを残していく。また、1階の玄関からは、スーパーの買い物帰りや仕事帰り、観光の散策をする人々が行き交う姿が見える。この場所では、建物内の人と街を行き交う人の息遣いが交わるのだ。
玄関から外に出て数mほど北側に歩くと高瀬川が見えてくる。高瀬川は、かつて江戸時代に鴨川の下流地域の伏見と市内の中枢とをつなぎ、物資を運ぶ交通網として利用されていた。高瀬川沿いには、鬱蒼とした木々が林立している。初めは、花街だったことも知らず薄暗いじめっとした場所だと感じていた。時間帯を変えて訪れてみると、午前中から日が暮れるまで日差しは木々と住宅の間から燦々と降り、木々による影があることでとても歩きやすい場所になっていることがわかる。また植えられている木はクスノキ、クロガネモチといった大木だけでなく、カエデや足元の植物が茂り、土地の豊かさを物語っている。夏には、めいいっぱいに木々の葉や蔦が茂り、セミの声が川の流れのように響く。秋には、落ち葉は高瀬川に堆積し、スズムシやコオロギがセミの代わりにめいいっぱいに鳴いている。暗くなったとき歩いていても高瀬川を見ているか住宅街の飲食店に向かっているかという選択肢があるため怪しまれることはない。かつての煌びやかさは失せているかもしれないが、住宅に紛れて点々と飲食店や宿泊施設、銭湯があることで住人の気配を感じることができる。誰もいない場所でも道の脇にある高瀬川とそのような雰囲気が安心感を与えてくれる。
高瀬川を東の鴨川方面に越えて路地に入ると、さらに深く住宅が縦横に広がる。老朽化した建物を更地にして、ホテルを建設していたり、管理の困難な旧い旅館は解体が行われている。ひんやりとした狭い路地を抜けると広々とした鴨川が見えてきてくる。対岸から街灯が勢いよくこちらを照らす。五条通りから北側にかけてあるような広々とした土手はなく、等間隔で座って川を見る人々の景色は見られない。たまに、天気の良い日には、川中に入って鯉を釣る人や、同じ姿勢で日光浴を続ける亀とおなじように上半身裸のまま気持ちよさそうに日光浴をする人を見かける。ランナーやサイクリストは颯爽とすぐ後ろの土手を駆けていく。
コワーキングスペースに帰ってくると、椅子の後ろを通っても互いに干渉することはない。日光浴を行う男性に話しかけることはないが、たまにひょんなことがきっかけで会話が始まることはある。そして、何事もなかったかのように、黙々と机に向かい始める。数時間もしくは1日コワーキングスペースを利用する人や、仕事や観光で宿泊客が訪れ、全く素性の知らない人が増えていく。一方で、そこには、運営スタッフや賃貸利用客が息づいている。
目に見えて明るいわけではないけれど、むしろそこでしか感じられない心地よさがあった。街灯だけでなく、住宅や飲食店、高瀬川と同じようにUNKNOWNKYOTOはこのエリアの灯りの一つとなっているのだろう。
何も起こらない五條楽園へ今日も足を運んでみる。