見出し画像

ケアマネジメント考6(終)~「意志」概念に抗して


第5章 ケアマネジメントにオープンダイアローグ的視点を!

1.ニーズ形成支援手法としてのオープンダイアローグ

 ケアマネジメント・システムとは、高齢者のニーズを特定し、ケアプランを作成して説明し、同意を得た上で介護サービスを提供する一連のプロセスを指します。私はこのケアマネジメント・システムの起点であるニーズの特定プロセスは、國分功一郎(哲学者)さんの提唱する「欲望形成支援」という視点が大切だと思っています。 

 選択や行為に先立つ原因群を切断させるような「意志」の支援ではなく、原因群のすり合わせ過程に伴走して「~したい」が形成されていくのを支援する・・・

引用:國分功一郎 2017「中動態の世界 意志と責任の考古学」医学書院 p201,202

 この「欲望形成支援」を介護の世界に翻訳すれば「ニーズ形成支援」ということになるでしょうが、まだ具体的な手法が確立されていないように思います。
 ニーズ形成支援の具体的手法を考える際には、オープンダイアローグ[1](Open Dialogue:急性期精神病における開かれた対話によるアプローチ、 以下「OD」と略します。)がとても参考になるのではないかと思っています。
 なぜなら、ODは当事者の主体性を尊重するばかりではなく、専門家同士の上下関係も平等化するので、関係の非対称性が強く、潜在的に権力性、抑圧性がある介護領域にも相応ふさわしいのではないかと思われるからです。

 ODについて、単なるイメージでしかありませんが、幾つか参考になりそうなポイントを紹介したいと思います。

(1)一対一でやらない

 当事者と介護支援専門員(ケアマネジャー)や、ケアマネと当事者の娘とか一対一の相談は避けた方が良いようです。
 一対一の相談では知識の非対称性を緩和、克服することは困難ですし、どうしても専門家が相談者を指導、説得することになりかねません。やはり複数の専門家、当事者とその家族等の複数での対話の機会を確保した方が良いのだと思います。

 斎藤環 ・・・大事なことは「一対一でやらない」ということです。・・・  
 極論すれば、対話は二人では無理なんですよ。二者関係ってどうしても力関係が不均衡になりやすかったり、話が深まりすぎて過剰な自己開示になったりしやすいので、健全な対話をするには「n対n」の関係が必要なんです。理想的にはこちら側も複数いて、向こうも彼の代弁をしてくれそうな人がもう一人いてくれると非常にいいと思いますね。

引用:看護師のためのwebマガジン医療書院 國分功一郎/斎藤環《中動態×オープンダイアローグ=欲望形成支援》

 具体的に何人くらいのミーティングが望ましいかというと、ODの発展と普及に寄与してきたセイックラ[2](フィンランドのユバスキュラ大学心理療法(psychotherapy)の教授)によると3人がベストとのことです。

 であるならば、日本のケママネジメントにおいては、ケアマネ、介護職員、看護職員の3人で相談にのぞむのが良いのかもしれません。
(参照:斎藤環2015「オープンダイアローグとは何か」医学書院 P47)

(2)議論,説得,尋問,アドバイスの禁止

 議論、説得、尋問じんもん、アドバイスの禁止と聞くと、どうして良いかわかなくなって戸惑うかもしれませんが、専門家の「結論ありき」を防ぐためには必要なことでしょう。

 オープンダイアローグでは以下のことが実質的に「禁止」されている。すなわち、議論、説得、尋問、アドバイスである。なぜこれらが好ましくないとされるのであろうか。いずれも「結論ありき」で、その結論を相手に受け容れさせようという姿勢があるためである。アドバイスは一見マイルドなようでも、その前提は「あなたは間違っている」であるため、意見の押しつけとして受けとられる可能性がある。ある患者の言葉を借りれば、これらはいずれも患者をエンパワーするどころか「力を奪う」とのことであった。

引用:精神神経学雑誌 特集 「共同意志決定」を生む対話についての検討―患者の権利,意志とはなにか―「意志決定支援」から「欲望形成支援」へ

 当事者(お年寄り)やその家族への説明と同意を求める際に「尋問」なんてあり得ないと思うかもしれません。でも、斎藤たまき[3]さんの「尋問」についての説明を読むと納得できます。「尋問」は老人介護の世界でもよくあることだと思えるのではないでしょうか。

斎藤 それから、尋問しないこと。「どうしてほしいですか」とか、「何がしたいですか」とか、ついつい支援者が口にしがちな質問は、欲望がない状態の人にとっては“尋問”にしか聞こえない。そういう尋問で傷めつけないということが大事になってくると思います。

引用:看護師のためのwebマガジン医療書院 國分功一郎/斎藤環《中動態×オープンダイアローグ=欲望形成支援》

(3)開かれた質問

 オープンダイアログ・ODでは「開かれた質問」が推奨されています。「開かれた質問」とは、Yes/No以上の答えが求められる質問のことです。

例えば・・・

 「要介護認定を受けましたか」
 「訪問介護を利用しますか」
 「デイサービスを利用しますか」
 「施設に入居させるのですか」

という質問はYes/Noで答えられる質問です。

 このような質問だと質問者(専門家)の聞きたいことだけ、知りたいことだけを聞くということになり、あなたは私の質問にさえ答えれば良いということになってしまいます。これはやはり、尋問に近いものでしょう。いろいろ尋問し、知りたい情報を確保した後に「何か希望はありますか?」と型どおりに聞くことは、ケアマネジメントの過程でもよくあるように思われます。
 このような型とおりの面談は専門家によるモノローグ[4]、情報収集の場に過ぎず、とても双方向の対話とは言えないと思います。そこには、当事者(相談者)の主体性も確保できませんし、当事者と専門家のダイアローグ[5]・対話が成立していません。

 これに対し、「何にお困りですか。」「どのような希望をお持ちですか」「不便に感じることは何ですか」などはYes/Noで答えられない「開かれた質問」だと言います。この「開かれた質問」だと、当事者は自分の困っていることや思いをなんとか伝えようとします。そして、上手く言葉が見つからない場合もあるでしょうが、対話をとおして、言葉を見つけ、困っている事柄や思いを共有し相互理解ができるようになるのだと言います。

 「開かれた質問」は当事者(相談者)と専門家たちとのダイアローグ・対話へと導くアリアドネの糸[6]・道標みちしるべといえるでしょう。
(参照:斎藤環2015「オープンダイアローグとは何か」医学書院 P37)

(4)リフレクティング

 ODにおけるリフレクティング(reflecting[7])もケアマネジメントに有効だと思います。

 当事者(お年寄り)やその家族がケアマネや看護職、介護職の専門家同士の専門的対話を聞くことによって、一つの決まりきった結論ではなく、他の結論もあり得ることに気づくことができ、じっくりと考える機会を得ることが可能です。

 ODにおいては、家族療法の技法の1つである「リフレクティング」が取り入れられている。リフレクティング・トークは家族療法家のAndersen, T.とその同僚が開発した手法であり、ODの根幹をなす手法の1つである。
 患者や家族の訴えを聞いた専門家が、当事者の目の前で意見交換をしてみせ、それを聞いた患者や家族が感想を述べる。ごく簡単に言えば、この過程を何度か繰り返すことが、ODにおけるリフレクティングである。患者や家族の目の前で、専門家同士がケースカンファレンスをするようなイメージである。リフレクティングの意義としては、対話にさまざまな「差異」を導入し、新しいアイディアをもたらすこと、参加メンバーの内的対話を活性化すること、当事者が意志決定をするための「空間」をもたらすこと、などが指摘されている。

引用:精神神経学雑誌 特集 「共同意志決定」を生む対話についての検討―患者の権利,意志とはなにか―「意志決定支援」から「欲望形成支援」へ

 2.ケアマネジメントに対話を!

 ケアマネジメントは当事者をアセスメントし、サービス提供計画を作成し、当事者及び家族に説明し同意を得るというプロセスですが、現在のこのシステムには対話という要素が希薄なのかもしれません。
 例え、対話があるように見えたとしても、それは結論ありきの疑似対話(説得、アドバイス、尋問)におちいっている怖れがあります。

 ケママネジメントにおいて、対話を大切にする新たなプロセス、手法を模索する必要があるように思われます。

 新たに模索すべきプロセスや手法は、形式的な意志決定ではなくて、「あなたのニーズは何なのか」を対話の中で丁寧にはぐくむこと、当事者と共に一緒にニーズを形成しようとすることが基本になると思います。

 オープンダイアローグ (Open Dialogue)は、この対話を中心としたニーズ形成プロセスのための具体的な手法を提供できるのではないでしょうか。


[1] オープンダイアローグ (Open Dialogue)とは、「急性期精神病における開かれた対話によるアプローチ(Open Dialogues Approach in Acute Psychosis)」とも呼ばれ、フィンランドで開発された対話実践の手法/システム/思想である。主に、統合失調症患者、うつ病患者、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)、家庭内暴力の治療に用いられている。
[2] ヤーコ・セイックラ( Jaakko Seikkula 1953~)フィンランドのユバスキュラ大学心理療法(psychotherapy)の教授
[3] 斎藤 環(1961~)は、精神科医、批評家。 医学博士、精神保健指定医、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授
[4] モノローグ(Monolog)とは登場人物が相手なしにひとりで言うせりふ。独白。dialog
[5] ダイアローグ(dialogue)とは対話のこと。考えをはっきりと述べつつも、自分の主張や立場に固執することなく、互いの言わんとする意味を深く探求する会話。ダイアローグは相互理解と共通の理解を見いだすために有効とされる。なお、ディスカッションは相手を説得し結論を出すことを目的としており、ダイアローグとは異なる。(参照「人材育成・研修・マネジメント用語集」 https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000045/
 2022.08.30)
[6] アリアドネの糸(The thread of Ariadne)とは、非常に難しい状況から抜け出す際に、その道しるべとなるもののたとえ。〔由来〕ポロドーロス「ギリシャ神話」に載っている伝説から。アテナイの王子、テセウスは、ミノタウロスという怪物を退治するため、通路が非常に複雑に入り組んでいる「迷宮(ラビリンス)」という建物に入ろうとするが、そこから脱出する方法がわからない。すると、アリアドネという少女が、通り道に沿って糸を張りながら奥へと進み、怪物を退治したらその糸をたどって戻ってくればいい、と教えてくれた。その通りにしたテセウスはみごと、ミノタウロスを退治することができた。
[7] reflecting- reflectの現在分詞。反射する、 反響する。


いいなと思ったら応援しよう!