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私は「脳」ではない! AIと介護4


1.神経中心主義・脳科学がAIのバックボーン

 ChatGPTに代表される生成AIの深層学習(Deep Learning)は人間の脳のニューラルネットワーク[1](neural network:神経網:注1参照)をモデルとしています。
 つまり、AIが人間の思考をモデルとしていることは間違いないでしょうし、それを脳の物理化学的な機能に結びつけて構想されているのです。

 多くのAIの研究者たちは、人間と機械は根本的には同じで、人間は機械と同じデータを処理するアルゴリズム(algorithm:論理手順)だと思っているのでしょう。
 これらのAI研究者たちの思想的バックボーン(backbone)[2]は脳科学であり、神経中心主義だといえます。
 
 マルクス・ガブリエル(Markus Gabriel:ドイツの哲学者)は自身の著書『「私」は脳ではない』でこの神経中心主義を次のように批判しています。

 本書で名を明示し、その克服に努めることになる病とは、神経中心主義です。・・・神経中心主義とは、私たちの精神生活は脳と同一視することができ、したがって人間を神経ネットワークに置き換えることができる、という考え方のことです。
 ・・・人間の思考、意識、「私」、そう、我々の精神自体の存在する場所を突きとめ、空間・時間的に観察可能な物と同一視することができる、と信じられているからです。

マルクス・ガブリエル 2019『「私」は脳ではない』講談社選書メチエ p11 

2.私は脳ではない 

 マルクス・ガブリエルはさらに『神経中心主義は、「私」は脳だ。』と断定することだとしています。しかし、同氏は先に紹介した本の中で『「私」は脳ではない。』ことを論証しようとしています。

 そもそも、脳は物理的な存在であり、脳の機能は物理的な振る舞いとして記述できます。しかし、脳内の血流や神経細胞の電気的、化学的な反応をどれほど精密に記述できたとしても、それは私の意識という主観的な現象や体験を説明したことになりません。

 私の意識はあくまで私的なものであって、外部から物質のように客観的に観察できるものではありません。意識という現象は、その内面からしか捉えることはできません。
 私的な意識という現象と、脳の機能という物理的な現象の間には、大きな隔たりがあります。
 脳の働きと意識の働きは、相互に関連したものであることは間違いありませんが、意識の働きをすべて脳の物理的な振る舞いに還元して説明することは原理的にできません。

2.多様な意味の場—世界は存在しない

 マルクス・ガブリエルは、「私」は脳科学などが扱う物理化学的な領域ではなく全く別の領域に属するものだと主張しています。
 この「領域」という概念については、同氏は自身の著書『なぜ世界は存在しないのか』において、物理の領域、数学の領域、文学の領域、歴史の領域、美術的な領域などの小世界、「意味の場」だとしています。
 そして、以下のように、これらの小世界のすべてを包摂する世界は存在しないとしています。

  現実の存在するすべてのものは宇宙のなかにあるとか、すべての出来事は宇宙のなかで起こるといった考えは、数ある対象領域のひとつを世界全体と見なすという間違いを犯しています。それはちょうど、植物学を研究しているからといって、およそ存在するものはすべて植物であると考えるようなものでしょう。

マルクス・ガブリエル 2018 『なぜ世界は存在しないのか』講談社選書メチエ p45

  つまり、AIが属する科学的、物理的な領域だけが絶対的な唯一の世界ではなく、無限に多くの「意味の場」が並立していて、「私」の意識は物理化学的な領域とはまったく別の領域に属するものだということです。 

3.生成AIの成果に酔う前に

 AIの思想的バックボーン(backbone)である神経中心主義は一面的な考え方であり、生きた「私」を捉えることができません
 そして、「私」を原理的に捉えることができないのにもかかわらず、それを捉えることができていると勘違いすることが最も怖いことなのです。
 華々しい生成AIの成果に酔う前に、AIの思想的バックボーンをしっかりと吟味しておくべきでしょう。  

 AIは人間の思考、脳神経ネットワークをモデルにして作られたものですが、AIは人間ではありません。そして、人間がモデルなのであって、AIをモデルに人間を理解するのは本末転倒でしょう。
 AIはエビデンス(evidence:科学的根拠)に基づいてしか人間を理解できません。AIがどんなに有用だとしても、人間のみが「私」という意味領域を理解しうるということを忘れてはならないと思います。


 【注1】
 ニューラルネットワーク(neural network)は「入力を線形変換する処理単位」がネットワーク状に結合した数理モデルです。
 ニューラルネットワークの基本モデル構造は、「入力層」「隠れ層」「出力層」からなります。
 「入力層」は情報を機械学習させるべき情報を入力します。
 その後、情報は「隠れ層」でフィルターにかけられて複雑化されたり、単純化されたりすることになります。「隠れ層」は複数の層を持つことができ、この層が特に深くなったものをディープラーニング(深層学習)と呼びます。
 各層は「活性化関数」と呼ばれる関数を持ち、つながりは「重み」で表されます。この形をニューラルネットワークの基本形として、さまざまな学習方法が考案されています。
 各層から重みを関数として計算することによって、「出力層」で出力される情報が変化するのです。この出力された情報の精度を高めていくために隠れ層での情報入力と関数を管理するのが人間の役割となります。

neural network

(引用:https://ai-kenkyujo.com/artificial-intelligence/algorithm/neuralnetworks/ )


[1] ニューラルネットワーク(neural network; 神経網)は「入力を線形変換する処理単位」がネットワーク状に結合した数理モデル。人工ニューラルネットワーク (artificial neural network) ともいわれる。
[2] バックボーン(backbone)とは思想・信条などの背景にあり、それを成り立たせている考え方。精神的支柱のこと。



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