#交雑2:地震チャンネル
地震チャンネル
アパートを借りて1ヶ月も経ってない。今はモノが足りないことを楽しんでいる。 最初の一人暮らしを始めたときみたいに。
ベッドはあるけど枕がない。エアコンはついてたけど、カーテンがない。布団は寝袋。洗濯機も電子レンジも届いたばかりで、まだ一度も使ってない。スマホはあるけどPCは調子悪くて、テレビもない。ゴミの出し方はわかった。スーパーは近くだし、別に困らない。
ともあれ、自分の場所だ。ゆっくり整えればいいさ。もう男はしばらく要らない。同棲が解消できてよかった。もとから無理だったんだ。たぶん。
今は働いていない。正確には休んでいる。そのうち首になるだろう。ならなくても、もうあそこには戻れないと思っている。
なにか買うたびにお金が出ていくのはシンプルに悲しい。不安だし、頭に来るし、なんで生きるってこんなにめんどくさいのかと思う。繰り返し思う。みんなよく耐えているな。
地震が来た。地震は結構慣れっこだ。もう仕方がないと思っている。日本だもん。
もっとひどい目にあった人たちもいる。揺れるだけで済んでいるのはラッキー。本棚倒れた日も助かった。東北の海岸沿いに生まれたわけじゃない。神戸に生まれたわけでもない。これからひどいのが来るとも限らないけど、いろんなことを知ったって、全部がわかるわけじゃない。人に同情したって、なにか出来るわけでもない。嫌だと思ったって避けられないことだらけだ。ほんとに面倒だよ。
私だって楽じゃない。楽だとは思ったこともない。人に恵まれているねとか言われたって、そうだとしたって、実感はない。返事はするよ。失礼にならないようにね。
ママにも返事はすることにしている。
地震が来るとやってくるんだ。ドアのそばに。ママがドアをあけるけど、ここにいる私と目が合わない。でもママがそこに立ってる。チャンネルが合ってないから見えないんだろうね。でも私には見えてる。ほらそこにいる。
男の家にいたときも来た。地震が大きい日、目の前の戸が開いて、そこにママはいた。なんで地震のときばっかり?ママは地震で死んだわけでもないのに。
「大丈夫だよ。貯金箱が落ちただけだよ」って言ってやるけど、聞こえた様子はない。
男は「だれと話してるの?」って気味悪がってた。別れるつもりだったから、教えてあげなかった。
地震が来ると、チャンネルの周波数が合うかなんかするんだろうな。そしてあの世とこの世が交雑するんだろう。
このnoteは以下の展覧会と連動しています。
おひねりをもらって暮らす夢は遠く、自己投資という名のハイリスクローリターンの”投資”に突入。なんなんだこの浮遊感。読んでいただくことが元気の素です。よろしくお願いいたします。