『異空間』
「降ります !」降車ブザーを押し忘れ、運転手に向かって慌てて声を掛ける。既にバス停を数メートル離れていたにもかかわらず、嫌な顔一つせず、黙ってドアを開けてくれる。礼を言って地上に降り立った瞬間、軽いめまいに襲われた。少し疲れているのかもしれない。まだ夕方の5時すぎだというのに、辺りはすっかり暗くなり、今が冬であることを嫌でも思い知らされる。日が落ちてから見る町は、昼間のそれとは似ても似つかない。まるで来たことが無い場所に来てしまったようだ。勿論そう感じるだけで、角を左に曲がったら、あとはまっすぐ。5分も歩けば家に着く。思ったよりずいぶんと気温が高いな。しかし、どうしたというのだろうか、10分以上歩いても、あるべきはずのうちがない。おかしい。家からまっすぐ行ったところにある教会の屋根も、そこに見えてはいるが、一向に近くならない。曲がるべき角を間違えたか。いや、そんなはずはない。だが、まあぼんやり考えことをしていたのも事実だ。 かなり疲れていたので迷ったが、家で誰かが待っているわけでもない。結局あきらめ、バス停まで戻ることにした。しかし、歩いても歩いてもバス停は見えてこない。 思わず急ぎ足になって、おかげですこし汗ばんできた。後ろを振り返ると、教会は確かに同じ場所にある。道は正しい。だが、おかしいのは、教会が相変わらず同じ大きさでそこにあることだった。時計を見るとバスを降りてから、もう20分以上経っている。バス停は現れず、振り返ったそこにある教会は、いつまでたっても同じ大きさのままだ。一体、何が起きたというのだろうか。走り出す私の目に、あり得ないものが飛び込んできた。そんなはずはない。何度目をこすっても、しかしそれは形を変えることはなかった。